久里浜の煙突
たまに横須賀市の久里浜あたりに出かける。
住んだことがあるとか職場があったとかそういったことはまったくなく、知人もいない。だれかといっしょに来たこともない。だから、これといった思い出もない。
ただ、なんとなく好きな風景や気配だけがあり、それがいいのだろう。
なにやら芋づる式に過去の記憶が引きずり出されて妙に気持ちがざわついたりすることもないわけで、どこにいても余計なことばかり思い返している自分には常々うんざりしている。
それでも年に何度かふらふら訪れていると、風景はそれなりに変化する。最近は火力発電所がリニューアル工事を終え、昨年の終わり頃から全面稼働に入ったようだ。
発電所には以前、3本の煙突があった。
もう昔の話になるけれど、旅行の帰路にフェリーを使ったことが何度かあって、久里浜の煙突はデッキからよく見えた。朝、東京湾に船が入り、煙突が見える。ああ久里浜だと思う。そして、帰ってきてしまったなあと思う。
私が数年前に久里浜に行ってみようと思い立ったのも、あの煙突がある街だからだった。けれど、当時の煙突はもうない。
というわけで、私の久里浜で唯一の知り合いはいなくなったが、あいかわらずちょっとどこかに行きたいなと思ったときには京急に揺られて海を見にいく。発電所の前を通り過ぎてトンネルをくぐってしばらく歩くと急カーブの向こうに静かな海が広がる。
どちらかというと少し素っ気ない風景だと感じる方もいるかもしれない。そもそも人があんまりいない。野比海岸公園まで2km少しぐらいだろうか、海岸沿いを延々と歩いても、すれ違う歩行者はたいてい5人もいない。
けれど、私は初めて訪れたとき、これは掘り出し物だなと思った。これからも、ふらふらと一人になりにいくのだろうと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?