ドサクサ日記 5/16-22 2022
16日。
好きな立ち食い蕎麦屋に食券システムが導入されてからというもの、メニューのどれもこれもが美味しくなくなってしまったと感じる。レシピやトッピングの量の曖昧さ、その揺らぎがよかったが、判で押したような工業的な蕎麦に変わった。ひっきりなしに続いた客足も減り、決済方法が増えた券売機の前で老夫婦が困り果てている。ネジのようなプロダクトは同じ形でないと困る。蕎麦はどうだろうか。
17日。
AとBという品物の差は微々たるもので、個性として受け止めるくらいの、執着するまでもない差異しかそこにはない。しかし、ブランド名をプリントして袋に詰め、店頭に並んで価格がつけられると私たちは揺らいでしまう。100円のケーブルと1万円のケーブルがあったとして、好きなほうをどうぞと言われたら1万円のほうを選んでしまうのが人心のあり様だと思う。悲しいことだと思う。
18日。
深夜のダブルワーク。いろいろなところに書いているが、労働の間のなけなしの時間で作る音楽は、好きなことをやる以外にない。邪な何かに、やりたくもないことに、時間を奪われてたまるか。終電までみっちり録音。体調が良いとは限らならい。しかし、それでもベストを尽くす。ヒットチャートとは無縁でも、これが私たちの人生であり、かけがえのない美しさ醜さや豊かさや貧しさの結晶だろう。
19日。
持続可能なポップミュージックについて考える。それは経済の話ではなく、自分の身体性において。これからツアーに出る。2時間強の間も歌をうたい続けるには、ミュージシャンというよりアスリート的な性質が求められる。音楽的な時間とは別に、自分の身体のケアに使わなければならない時間も増える。ステロイドを吸いながらシャウトする。身は削られてゆくが、魂は甦る。そうして街々を巡る。
20日。
深夜の住宅街で尻が丸出しになるくらいのホットパンツを履いた爺さんとすれ違う。なんか怖いなと思ったそばから、どうして怖いと思ってしまったのかと考え込む。どんな衣服を好むのかは自由なのだから、爺さんがホットパンツを履いたっていいはずだ。しかし、俺は爺さんかくあるべしというフレームの中から件の爺さんを眺め、勝手に不気味だと決めつけている。その爺は未来の俺かもしれない。
21日。
久々の休み。米を炊いたり、料理をしたり、散歩をしたり、のんびり過ごした。昼寝もした。なんでもない日の、なんでもなさ。そうしたなんでもなさを奪うのは、空腹感だったり、寝不足だったり、日々の生活のなかで降り積もった肉体や精神の疲れだったりする。暇な時間をちゃんと暇にできる余裕が誰しもにある社会を希求する。休日に、猛烈に働く人々とすれ違った。彼らにも休息がありますように。
22日。
D2021のイベントに出演した。とても素晴らしい時間だった。本田ゆかさんは選ぶ音のどれもが、ひとつ上のシャープな解像度を持っていたように感じた。自由に音楽を作ったり演奏したりすることは誰にでもできるが、似通いがちなテクスチャを貫いて個性を表すのは簡単ではない。古川日出男さんの詩の朗読も圧巻だった。予定になかった福島弁の叫びが会場に響いたとき、よくわからないが自分の魂も一緒に叫んでいるかのように、名前もないような感情のチャンネルがぐわっと開いていった。小林うてなさんは繊細なのにしなやかで美しかった。佐藤君は毒とユーモアのバランスが絶妙で、ニヤニヤと揺れながら聞き入った。西田修大、井上陽介、両名のギタリストとセッションできることは至福と呼べる。休憩中に『POP YOURS』の画像のいくつかを見て、感極まった。新しい風景が新しい世代に広がっている。最高だなと思う。俺は俺で、神田でマジカルな風景を見ていた。地べたから起こる音楽的な革命、文化的な進歩(敢えてそう書く)。ストリートなんていう格好いいものではない。地べたと俺は呼びたい。斎藤幸平も地べたに居た。パンクスらしい態度で、安い酒をガブ飲みしていた。社会を変えたいのならば、俺たちこそが社会の変化そのもので在らなければならない。ゆっくり豊かに、繋がったり隔たったりしていきたい。断絶は恐ろしいことではない。私とあなたがはっきりと違うこと、それを恐れてはいけない。むしろそうした違いの前に立ち、そこから始めなければいけない。12人でのセッションが、調和なんてそっちのけで、奔放なまま緊張して、それでも何らかの美しさを持ってそこにあったことを考える。私とあなたはこんなにも違う。しかし、同じ音楽で震えたことを、希望だと感じる。