色々なゲームの話をしよう。
ゲームを上手くなりたいという話。
結局は場数だよねと言う話。
ルールを考えよう。
リスクとリターンの話
大雑把に分けたら三つ分けてみた。
ゲームが上手いって何だろうという本質を考えてみる。
結局は場数だよねと言う話。
10時間プレイ、100時間プレイ、1000時間プレイ。。。
こういう風に分けていくと10時間と1000時間のプレイヤーにどのくらい差があるのかという話になってくる。
これは他の物事にも言えてくる。
どんなゲームも上手い人は必要最低限の知識を他のゲームにも持ち越せるから上手いという結果を残すことができる。
地道な努力の積み重ねを持ち越すことができる。
かの有名なマリオブラザーズ。1-1でBダッシュのボタンを押し続けたら初期状態なのでミスになる。つまり、他の行動も合わせないといけないということになる。
クリボーはx軸に強く、y軸には弱いのだ。
キングオブ雑魚でも横からはめっぽう強い。
これでクリボーはジャンプで対処すると地道な努力を獲得することができるのだ。
ゲームが上手い人というのはこういうデータを沢山持ち越しているから上手くなれるのだ。
格闘ゲームの話をしよう。
ストリートファイターの波動拳。あれって相手を動かすために存在しているですよ。
先ほどのクリボーと同じ。クリボーは横軸が強い。
当たるだけで1ミスか、パワーダウンの状態になる。
つまり、波動拳はクリボーを生成しているような物なのである。
これで格闘ゲームに馴染みがない人でも、なぜ波動拳が存在するのか?
という地道な努力を手に入れることができた。
波動拳をジャンプ(リスク高)で避けるか、身体(リスク低)で受けるか
格闘ゲームはそういう読み合いの世界だよと伝えたい。
音楽ゲームの話をしよう。
音ゲー、高得点を目指したりフルコンボを目指したりノリノリになって楽しもうというジャンル。理論値(メトロノームピッタリにフルコンボすること)を目指す人たちもいる凄い世界。
カスタネットも立派な楽器であるので、音ゲーもある意味楽器のプロなんじゃないのかと最近は思えてきた。
住む世界が違っていれば音楽のプロになれたかもしれない、いやなるきっかけにもなるのがこのジャンルか。
音楽ゲームって新しい曲を知れるいいキッカケとしてもいいですよね。
友達と行ったカラオケで気になる曲を知った時のようなやつです。
いい文化だなーって。
シュミレーション/ギャルゲー系について話してみよう
いやもう苦手なんですよ、正解を当てよう!ってジャンル。
ペルソナ3~5とか選択肢で好感度が変動するタイプがどうしても苦手でね。
自分が本当はこの選択したいけれど、そうなると好感度が上がらないので能力強化やお色気系のご褒美を得られなくなるという。
いやぁ、同じゲームを何度も繰り返すわけにもいかないし、シナリオが長ければ長いほど試すのも面倒になってくる。
アンダーテールみたいにゲーム自体が短ければいいんですけどね。
セーブロードを繰り返すのもまた… 自分の不向きなジャンルかなって思ってます。
ロールプレイがしたいけど、させてくれないのが悩みだなって思う。
なぜ、人はコンプリートをしたいのか。
これについてはまた自分で記事を書いてみたいと思う。
「第一回 色々なゲームについて話してみよう」のまとめ
大雑把にまとめるだけでも文章は書けた。思ったより楽しい。
文章を作るのも一種のタイピングゲームみたいなもんだなって思ってました。話のネタには困らないね。
やっぱり、童心に帰って遊ぶゲームが一番楽しいんだろうなって文章を書いていて思う。今の時代は最速でクリアする人とか、目隠ししたままエンディングを目指したり、コード実行でエンディングに行ったりするけれど、まぁそもそもターゲット層はお子様でもあるのでね。
大人用ゲームもあるけれど、いつまでも童心を忘れないことがゲームを楽しむ事なのかもしれないと、最近はそう思えてきているように感じる。
ランクマッチやレート、トロフィーと様々な物で実力が可視化されていく時代だけれど、友達が横でやっているのを見るだけでも楽しかったな。
凄い人ばかり目についてしまうけれど、結局その時代が一番無垢で楽しかったな~って思う。知らない事ばかりだから「地道な努力」が通用しない、試行錯誤するしかないというプレイスタイルが一番自由で楽しかったのだと思う。
つまり、大人になってゲームを楽しめなくなるのは「地道な努力」による同じことの繰り返しと試行錯誤の自由がなくなるからではないのかという話。
初心者の時が一番ゲームが楽しいというのはそういう事なのだろうなって思う。マリオカートで逆走してみようとか、遊び要素が段々自分の中で消していくから大人はゲームを続けられないのだと思う。
大人は時間が限られていくのもまたゲームから離れる要因でもあるよね。
どこかで割り切るしかない。ボイスが入っているゲームだったらシナリオだけ読んで、ボイスはスキップするとか。
フルプライスで買っているなら骨の髄まで楽しみたいという気持ちもあるが、仕方ない。人生は有限なので。。。。
ある意味、ゲーマーというのは強迫観念のようなものを感じる。
上手くならなければいけない。ここまでのランクに行けないといけない。
次第にランクで人を判断するようになったり、初心者に対しても当たりが強くなったり、負のスパイラルが発生する。というのが中級者以上になるとこうなります。ならない人もいるけれど。
そもそも、一般プレイヤーってゲームを1000時間もしないらしい。
時間の有無に関わらず、そこまで熱中できるのも一種の愛だよなぁ。
ゲームの愛によって人が狂ったり、力をより一層引き出せたり人間ってすごいですね。
言い換えたら依存症ですけどね。人間はみな何かの病気になっているのかもしれない。盲目になっちゃ~う。
ゲームっていうのは色々な価値観があって面白いよねという話でした。
人間と一緒ですね。この世の真理?
第一回目はこれで終わりです。長文失礼いたしました。
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