《読書メモ》『傲慢と善良』/辻村 深月著
解説フェチなんです—。
今回は、話題作だけれども読んでこなかった小説「傲慢と善良」を読んだので、備忘録的なサムシングを残しておきたいと思います。
最近は、就活や資格試験の勉強を中心に生活をしていましたが、どうしようもなく小説を読みたい気分になり、書店へ向かいました。
そこで「傲慢と善良」見かけ、これ読みたいんだよな~と、なんとなく文庫本を手にし、裏を見ると《解説・朝井リョウ》とあるじゃないか!
読んだきっかけが解説者、こんなことあるあるなのかな…?
もう少しだけ、解説の話を…。
朝井リョウさんの作品は「何者」「正欲」を読んだことがあって、自身のバイブルである「ナナメの夕暮れ(若林 正恭著)」の解説を担当しているのである。
そこにあるナナメの夕暮れというタイトルに対しての解説が、今も残っているのだ。
プロからすれば常識的な、一般的な解釈なのかもしれないけれど、個人的にはすごく印象に残っている内容であった。
そんなこんなあって、《解説・朝井リョウ》という要素もあり、傲慢と善良を読ませていただきました。
本編に入ります。
まず、文庫本の帯にある「あらゆる悩みに答えてくれる物語」というのは、個人的にはウソだなぁって。
というのも、これ、読んだら戻れない小説でしょ、と。
なんなら、アイツにもこれ読ませてぇ~みたいになってしまった。
個人的には、何か選ぶこと・決断することに対して怖くなりました。
なので、これから読まれる方は「覚悟」を持って読んでください。
せめて、主人公 架と小野里夫人のくだりまでは読んでください。
そこまで読めば、精神的負担は緩やかな下り坂になります。
※内容批判ではありません。最初から最後まで面白いです。
特に、小野里夫人のこの言葉、吐きそうになりました。
そうなんです。これなんです。
これを読んでから、人の見方も変わってしまいました。
謙虚で、自虐的な感じの人でも、いや、そう人に限ってとても自己愛が強いんじゃないか…?って。
この小説を読んで、悩みなんか解決しません。
悩みが増えました。どうしてくれるんですか!!!
結局、人間は、自分の都合の良いところしか見れてないんですよね。
「正欲」でも書かれていたところだと思うんですが…なんか曖昧にしてたところをズバッと言われると、言語化されて目の前に突き付けられると、苦しい部分ってありますよね。
冒頭で意味ありげなことを書きましたが、特に意味はありません。
「解説」という観点を持って、読む小説を決めてみるのもいいかもしれませんね。
雑な終わり方で申し訳ありません…。
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