一人の友としんみり話すまもないうちに生涯は終わりさうだ
今夜、予報では雨が降るんじゃなかったっけ?と話題にしたそのとき、窓の外が光り、激しい夕立。
滂沱の雨が、屋根を激しく連打する。乱暴な雨音に怯えながらtwitterで各地の被害状況のつぶやきを眺めていると、突然、漫画家の訃報が流れてくる。
その漫画家は、作風の振り幅の大きさが魅力だった。『永沢君』の悪意あるユーモア、『神のちから』『神のちからっ子新聞』の狂気、『ひとりずもう』の詩情、それらが絶妙な案配の『ちびまる子ちゃん』を繰り返しよく読んでいた。大人になってからは、父ひろしの無頼漢ぶりが結構お気に入りで、彼のこんな台詞をいまだに憶えていたりする。
思い出なんて覚えてる分だけ覚えてりゃ充分だよ。
写真まで見て あれこれ余計な事まで思い出してるヒマないぜ。
大野くんに「俺はお前みてえな気取ったやつは大嫌いなんだよ!」と言われた花輪くんの返しも頓智が効いていて、この台詞をそっくり真似できる機会を心待ちにしている。
「オーベイビー、それは奇遇だな、僕も君があまり好きではないよ。もしかしてボクら割と気が合うんじゃないかな?」
その機会はおそらく無いだろう。それでもこの二人のやりとりは、ことあるごとによく思い出す。「乳がんらしいよ。53歳だって」と居間の奥さんに伝えると、「ふうん、まだ若いのに残念だね」と彼女が返事して、そのまま会話が終わった。
雨がさっと止む。ジムに行く。トレーニングしながら中村寛『残響のハーレム』が読み終わる。ハーレム地区のアフリカン・アメリカンを対象とするエスノグラフィーだったが、当事者たちと研究を超えた人間同士の関係を築こうとした著者だからこそ描ける、人々の生活があった。エピローグの冒頭の引用が心に染みる。
一人の友としんみり話すまもないうちに生涯は終わりさうだ。
そののこり惜しさだけが霧や、こだまや、もやもやとさまよふものとなってのこり、それを名づけて、人は”詩”と呼ぶ。金子光晴「短章 W」
中村寛『残響のハーレム』共和国,p.394
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