からっぽのわたし
夫が突然この世を去ったことは、まるで私の心に原子爆弾が投下されたかのような衝撃だった。
その爆風はわたしの世界を一瞬にして焼け野原に変えてしまい、「わたしとは何ぞや」というわたしの中に確かにあったアイデンティティのようなものさえも吹き飛ばしてしまった。
焼け野原に微かに残された「わたし」のカケラをなんとか拾い集めてみたけれど、なんだかしっくりこない。
好きだったワンピース
それまで友だちだと思っていた人たち
やりたかった仕事
大好きだと思っていた実家の家族
内気で人見知りで自己肯定感が低くて自分に自信がない。真面目で正直で融通が利かなくて面白いことが言えなくて感情的。
女の子らしい見た目で、ガリガリに痩せていて身体が弱くてすぐに不調になる。
これらは親から言われてきたこと。
他人や社会から言われたこと。
言われなくても感じてきたこと。
全てわたしがそうだと信じたことだ。
わたしが勝手に決めて、決めた通り行動してきた。
つまりは全て勘違い=思い込みだ。
だって今のわたしは何もない。何でもない。
今のわたしはからっぽ。
見た目だって去年1年で6キロ、10年前と比べれば10キロ以上太っていていまや小太り体型。髪はこれ以上きれないほど短髪で、これじゃあおばさんを通り越しておじさんだ。一年半前とはまるで別人だ。
着たい服もなりたい自分もなければ
やりたいことも進むべき道もない。
本当に何もない。
おじさんでもおばさんでもない空っぽのわたしが焼け野原に佇んでいる。
何もないならば、この焼け野原にこれから何を植えるのかわたしは選べるということ。
焼け野原が雨で浄化されて、また命が芽吹く。
回復するのにはまだもう少し時間がかかるだろう。
それまではじっと休んで。
いつか回復したら、それからわたしの好きな色の花を植えよう。たくさんの木も植えて緑でいっぱいにしよう。
何もないなら好きなものを植えればいい。
今のわたしにはそれが選べるんだ。
どんなわたしになるのか想像もつかないけれど、これからはわたしの選んだわたしで生きる。
どんなわたしになるのか今はちょっと楽しみ。