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「被害者」ポジションとことんやり尽くせ

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共依存家庭で育つと、被害者になるのがめちゃくちゃ上手くなるんだよね。

だって共依存家庭では「被害者」でいることが一番有利だからさ。

アルコール依存症の父親とかモラハラの夫とか「加害者」役の人たちって、いっけん一番強くて有利な立場に見えるんよ。

でもそれは見せかけなんだよね。

影の支配者は「被害者」である母親とか妻なんだよ。(もちろん性別逆の場合もあるよ。ここは便宜上、被害者を女性にしてます)

可哀想なお母さんは弱くて苦労していて、でも自分を犠牲にして一生懸命他人のために尽くしている。それはそれはいい人に見えるよね。みんなが味方するし同情してくれる。
「被害者」ポジションってけっこう便利なんだ。

それを見て育ったわたしたちは、その構図が潜在的に脳みそに組み込まれちゃってる。「被害者」になれば助けてもらえる。誰かに共依存してもらえる。それを本当に無意識に求めてしまうんだ。



わたしはずっとそれをやってきた。
わたしが可哀想な「被害者」になれば、いつもは無関心な母親がこちらを見てくれた。愛に飢えていたわたしは「コレだ!」と思ったんだろうね。

嬉しいことや楽しいこと、がんばったことやラッキーなこと、そんなことを報告しても母は喜ばない。「ふーん、よかったね。」「あ、そう。それで?」で終わり。

でもわたしがイジメられたり、夫や義母とうまくいかなかったり、子育てで悩んだりしたら、母は嬉々として話を聞いてくれた。同情して助けてくれた。それがわたしは嬉しかったんだ。「共依存」を「愛」と勘違いしたんだね。


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うれしいです!!!!