これからの出版業界の話をしよう
さて、各々のプレーヤーは?
紀伊國屋とCCCと日販のリリースが6月23日に発表され、書店もAIを使うのか、とか、紀伊國屋とCCCはなぜ組むのか?とか、いろいろ出版業界を騒がせている。
はっきり言って、今回の「合弁会社」設立は、取次店の日販を救うためだろう。それについては別のアカウントで書いた。
https://note.com/bookdam/n/n7b1ee7b7be96?magazine_key=mfe96b030f4b5
上記のアカウントでは、今回の件の分析を中心に書いたが、それ以降のことは触れていない。
ここは私の個人の責任で書いているアカウントなので、もっと好き勝手に書く。
これから書店、出版社、取次はどうなっていくのか。
取次
日販は今回の座組で自ら物流業に特化する道を選んだと言える。取次の3つの機能のうち、情報機能と金融機能を合弁会社が担うように思えるからだ。
但し物流に特化するためには一つ条件がある。現在の日販と取引のある書店も合弁会社の直取引仕入に参加するように仕向けることである。
合弁会社は今のところ紀伊國屋とCCCしかカバーしていない。日販が物流に特化するためにはそれ以外の書店が合弁会社に参加するか、または帳合をトーハンに変更するかして、完全に日販が情報機能と金融機能が不要になる状態が不可欠だ。そうでない場合はダブルスタンダードとなり、結果コスト削減がはかどらないことになる。
但し、日販は自分たちのこれからの方向性に明確な解を出した。あとはそこに向かって粛々と進めるであろう。
一方の大手取次トーハンは今回の日販の動きをどう見たのか?
トーハンは出版社に対し条件の改定をかなり強めに要請しているのだが、なかなか厳しそうだ。トーハンもその気になれば取引先の大手書店、提携等を勘案すれば、丸善ジュンク堂書店が一番の候補になるだろうが、日販同様、書店を矢面にして、出版社との取引条件改定の動きは可能だ。しかし、日販と同じ手をすぐには使うまい。まずは日販等の合弁会社と出版社の間の契約状況を冷静に見ていくことになるだろう。
但し、トーハンとDNPの協業は加速させざるを得ない。SRC(流通倉庫)の機能は現在日販にない強みだ。また、当然トーハンもAIによる需要予測をしてくるだろうから、その部分をDNPとの協業で如何にカバーできるか?が問われてくるであろう。
書店
さて今回のリリースを書店はどう見ているのか?
リリース後数名の書店の方とお話ししたのだが、やはりピンと来ていないようだ。書店にとっては粗利改善に繋がる可能性のある合弁会社。但し以前からの取次との付き合いもある。また紀伊國屋・CCCという同業他社が出資している会社が自社の仕入のボトルネックを握ることへの違和感、嫌悪感も有ろう。
このリリースが出る直前に、TSUTAYA FC(フランチャイズ)のトップカルチャー(上信越・関東で蔦屋書店を展開している書店チェーン)が帳合を日販からトーハンに変更した。未来屋書店も日販、トーハン並列の仕入をやめ、トーハンに統一する。
粗利改善を取るか、安全策を取るか(果たして安全と言えるかは疑問だが)。
注目すべきは日販帳合の書店でTSUTAYA FCでない書店だ。有隣堂やコーチャンフォーなど有力書店はこの合弁会社にすんなり参画するようには思えないのだが。
一方トーハン帳合の書店は即座に動くところは無かろう。しかし、合弁会社の動きがうまく行き、粗利最低30%確保できるとわかればトーハンから合弁会社に乗り換える書店が出てくる可能性はある。
但し、それ相応のリスクも背負うことになろう。
出版社
実は今回のリリースで一番悩ましい思いをしているのは出版社であろう。AIで需要を予測してくれるから返品は減るし、いい事なのではないの?などと考えている出版社の社員がいるのなら、早めに経営者はそのご仁との雇用契約を考え直したほうが良い。
今回日販は自ら出版社との取引条件交渉を諦め、紀伊國屋とCCCという出版社にとってはとても嫌な相手を矢面に出してきた。
ある意味「踏み絵」だ。合弁会社の提示する条件が呑めなければ、紀伊國屋とCCCの店舗では御社の本は仕入れない、と言うことも可能なのだ。
多分この合弁会社が出版社に提示してくるであろう仕入条件は下記の通りと予想する。
*定価の5掛け以下で卸して下さい
(5掛けの理由は、書店の粗利定価の3割、合弁会社1割~1割2分、日販への物流委託費8分~1割、と見たならば、自然と5割以下になる。多くの人は合弁会社の粗利を忘れている・・・合弁会社はあくまで、紀伊國屋・CCC・日販からの出資で運営されるので、会社である限り利益を出さないわけにはいかないし、当然経費も掛かる。日販の物流委託費とは別の利益で運営されなければならない)
*仕入数はAIによる需要予測をベースに、返品率が最大15%~20%程度に収まる数量を発注します。
*その数量以上の送品が希望の場合は別途仕入条件を個別タイトルで契約願います(数量が多い場合は当然仕切り率は5掛け以下)
*商品は日販に搬入してください。
*精算は入荷後〇か月後になります。
くらいではないか。
さてここでのポイントは仕切り率。多分どの出版社も少なくとも現行よりも定価の10%以上の改悪になる。原価(紙代等)が上がっている中、出版社にとっては非常に痛い改悪になる。そうなると定価設定を考え直さざるを得ないであろう。
また、この合弁会社と結んだ契約はトーハン側にも多少有利に働く可能性もある。現行の出版社との取引条件を変えたいトーハンに付け入る余地を与えかねない部分は出版社にとっても非常に悩ましいことになるであろう。
合従連衡
これからの出版業界の流通は大きく4つのプレーヤー群を軸に動いていくと考えられる。
①日販+紀伊國屋+CCC→今回の合弁会社を軸とした集まり
②トーハン、DNPを中心とした集まり
③PubteX(講談社・小学館・集英社・丸紅)
④KADOKAWA
①に関しては既に考察した通り
②は多分トーハンのインフラにDNPのインフラを組み合わせて(SRCとhonto、+α)、物流の効率化と、書店マージンの拡大、出版社は条件下がるけどDNPが販売促進をサポートしていく、という流れになろう。但し前述の通り、もし①が出版社との条件改定を首尾よくまとめたら、①と似たようなスキームを作り出す可能性は否定できない。
③はそもそも、新しいインフラ構築のためのツール開発(RFIDをベースにしたサプライチェーンの効率化)を目指しており、自身が流通の中心になることは考えていなかったように感じる(これはDNPにも通じることである)。しかし問題は丸紅ではなく、出版社側(講談社・小学館・集英社)だ。①の取引条件が改悪され、もしトーハンがそれに追随する動きを見せた場合、独自で書店へのサプライチェーンを構築する可能性はありうる。
④は既に動いている。KADOKAWAは1冊でも必要に応じて書店に出荷(直送)する。しかし、精算のルートは現在の取次を通じて行っている。そうした1冊ごとの取引だけを見た場合、送料の負担は大きいが、伝票自体は取次経由で書店に送られるため、実際送品に関与していない取次のマージンも払うことになっている。
ただ、この方法は返品率を下げることに1役買っている。ある書店の経営者たちは口を揃えてKADOKAWAは良い、返品率10%台前半まで下がってる。過剰在庫を置かなくても済む、と言っており、書店の評価が高い。ただ、KADOKAWAにとっても問題は①における取引条件が私の推測したものであるならば、やり方を再考する可能性は十分にありうる。
但し、一つ忘れてはならないことがある。
①②のブロックと③④のブロックの根本的な違いだ。
①②は基本流通がメインのブロックであり、③④はメーカーとしてのブロックだ。①②が商品を効率よく販売することで利益を確保しなければならない一方で、③④は必ずしも書籍販売を通じて利益を確保することが命題ではない。現に③④の出版社群は書籍販売の利益はちょぼちょぼであっても、書籍から派生した権利等で莫大な利益を計上している。書籍流通の部分は自社のコンテンツが権利に化けるための入口である。そう考えればここで無理に利益を稼がなくとも良いわけで、③④が最も気にする部分はコンテンツの出口である小売チャネル等の縮小であろう。そうなると今までの日販・トーハンという流通チャネルとうまく付き合う方法を選択するように思えるが、いざとなれば自前でサプライチェーンを作る、くらいの考えではなかろうか。
ある意味今回の日販合弁会社設立の動きは、流通のメーカーに対する条件改定の働きかけである。それをメーカーが受け入れれば、流通におけるキープレーヤーが変わるだけで、基本構造は何も変わらないだろう。
しかし、メーカー側(主に講談社・小学館・集英社・KADOKAWA)がそれを拒否した場合、③と④を中心に新しい流れができるか、または現状維持のトーハンとだけ契約し、日販合弁会社とは契約しない、になるのではなかろうか?これは日販合弁会社にとっては死活問題になりかねない行く末だ。
何か大事なことを忘れてる
この他にアマゾンやTRC(図書館流通センター)がどう動くかもあるのだが、今回私が言いたいことは今後の勢力図がどうなるのか、ではない。
何か忘れていないか?だ。
現在出版業界で課題としてクローズアップされているのは
*返品率の改善(40%台~20%未満へ)
であるが、これはあくまでひとつの要素でしかなく、返品率の改善の先に求めるものは、持続可能な書籍流通の維持、であることは間違いない。
しかし本当にそれでよいのか?
持続可能な書籍流通の維持も結局は他の目的を達成するための手段に過ぎない。
結局出版社も書店も、取次も、本来求めるものは、
*本が売れて
*各プレーヤーが各々利益を享受できて
*読者に喜んでもらいたい
ではないのか?
それが本来の目的であるにも関わらず、それでも「返品率の改善」をメインテーマに据えるのは、基本的に出版社も書店も今までの仕組みを大きく変えたくは無いのだ。なので「紙の本」に固執するし、取次の仕組みを変えずに守ろうとする。
返品率が多いのは、
書店は売れる本は数多く仕入れないと販売チャンスを逃す、という恐れを抱いている。出版社も数多く送らないと売れるものも売れない、と考える。
メーカーと小売りはできるだけ多い本を売り場に置きたいと思う。
自然返品率も上がる。
なぜ両者ともそう思うのか?
必要な時に迅速に商品が届くサプライチェーンが成り立っていないからに他ならない。
それでも現行の取次を中心とした流通を守ろうとしているのは、出版社からすると「安い物流」であるからだし、書店は金融の部分で取次に負う部分が大きいからであろう。
不完全な仕組みであると理解しつつ、そこを変えることには踏み込めないでいる。
では日販の合資会社は?というと、今の段階で読み取れるのは流通側の利益率を上げること、返品率を下げる新しい取り組み、である。利益率を増やした分でジャストインの流通を新たに作り上げる、というならば理解できるが、「物流は日販に委託します」では劇的な変化など望むべくもないように思える。
トーハン・DNP連合はSRC(流通倉庫)を使って、書店にジャストインで送品する仕組みはある。しかし、この仕組みは現在の利益配分の外で回っている。これを効果的に動かす場合、どうしても取次の利益率向上は避けて通れないだろう。
これはPubteXの提唱するRFIDをキーにしたサプライチェーン構築も同じことが言える。
KADOKAWAだけが今のところ配送コストを度外視してジャストインを実践している。故に書店の評判が良いのだ。但し、これはKADOKAWAは書籍の販売は自社の持つコンテンツをユーザーに知らしめる入口と捉え、不定期に発生するジャストインの送料はその入口を確実に押さえるためのツールと考えているならば、他の出版社のコンテンツをそれに乗せるメリットはない。故に業界標準の仕組みにはなりえない。
結果あるべき姿にならざるを得ない
ことここに至れば、もはやどう転がっても、出版社は本の価格に占める自社の粗利の率を下げない限り、返品率も下がらないから送品数を流通側に抑制されることは避けられないし、最悪の場合、販売ルートを失うこともありうる。また当然定価設定を上げることも考えなければならない。そして何より、とりあえず出版すればキャッシュフローが回る、という考えも捨てなければ、却って自らの首を絞める破目になるのではなかろうか。
今までは取次が流通のハブを握り、出版社は取次に本を入れていれば良かった。手続きさえすれば、どんな本でも一定数、書店市場に流通させられていた。しかし、これからは(既にその兆候は表れているが)、流通が仕入れる本を「選ぶ」時代になる。
それは仕入れる本の善し悪しもあろうが、仕入条件の善し悪しも判断基準となる。
長年の間守ってきた利益配分。その部分の主導権は流通側が握ってしまったような気がする。このまま流通側が主導権を握って変えていくのか?それとも出版社側に新たな動きが出るか。いずれにせよ、「本が買いずらい」状況が作り上げられないことを願う。
私の所属する会社はこの時代に敢えて出版事業を始めようとしている。出版事業への新規参入の障壁は非常に高い。しかし、それでもやる。なぜか?
出版の先には読者が居て、読者が「読んでよかった」と思える本を作り、届けたいからだ。そこには業界の仕組みやしがらみは関係ない。仕組みが変わるならば、それをどう乗り越えて、或いは別の手立てを考えてでも、「読者の未来をめくる」(弊社ビジョン)ための本を出し、届ける。
それが本来の出版業界の役割だと思うからである。
おわりに
大抵私は、書く前にタイトルを決めて、それに沿って書き始めるのだが、殆どの場合書いている途中で当初のプロットから少しづつズレていく。
多分今回はその最たるものかもしれない。
しかし、これからどのプレーヤーがどう動くか、は結構重要だし、そして何よりも、我々は何のために出版を(或いは出版物の流通を)生業としているのかを再認識すること、
多分それが「これからの出版業界の話」なのではないだろうか?