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連載小説「Maestro(マエストロ)」⑥
NovelJam2024という執筆大会で描いた小説「Meister(マイスター)」と対となる小説で、稀代のバイオリニスト「ディルク・ドルン」について描かれた「Maestro(マエストロ)」の第六話。お楽しみください
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「Maestro(マエストロ)」⑥
「わるくないな」ヨハンはカプリースの演奏を終えたぼくにそう言った。「まあまあいい感じにスウィングできてた。それが新しい時代の音だ」
スウィング? なんのことだろう。ぼくは左手に持っていたバイオリンを下ろしてヨハンに聞く。
「スウィング……ってなんですか?」
「だから、ジャズっていうかブルース」
なんのことかいまひとつわからなかったけれど、イーザル川の営みを現した演奏がそれを示していたのだろうか。
「……ジャズってなんですか」
「うーん、クラッシックの後継者かもなあ。そのジャズもいずれクラッシックになるかも、だけどな」
よくわからない。けれども、ヨハンの言葉が持つ響きには妙に説得力があった。
「……ヨハン、ぼくはクラッシックしか知りません。よかったら、そのジャズ? とかブルースについて教えてもらえませんか?」
ぼくがそういうと、ぼくのバイオリンを見ながら言う。
「それ、アントンのバイオリンだよな。オマエ……金持ちの息子だな」ぼくは無遠慮なヨハンの言葉に鼻白む。「ま、とりあえず、メシおごってくれれば教えてやるよ」
ぼくは行きつけのカフェで看板メニューのミートボール定食をヨハンにおごった。彼はそれをたいそう気に入ったらしく、レッスンのたびにそれを注文するようになる。デザートにケーゼトルテ(シナモン入りチーズケーキ)も欠かさない。
そんな日々の中、ヨハンが何枚かのCDを貸してくれる。ステファン・グラッペリというバイオリニストをはじめとしたクラッシック以外のジャンルで、巧みなバイオリンを鳴らすプレイヤーのアルバム。
クラッシック音楽しか知らなかったぼくの世界が一気に広がった。ヨハンが言うところの「スウィング」がぼくの奏でるバイオリンに新たな血を与えてくれた気がした。
ぼくは夢中になってヨハンの与えてくれたビートに酔いしれてバイオリンを弾き倒す。楽しい。音楽が持つ新たな可能性に、ぼくは震えた。
もうすぐ二十一世紀を迎えるというのに、古式ゆかしい譜面通りに演奏する必要などない。超大国のソビエト連邦が崩壊してからも久しい。ヨハンの意見はもっともだ。
ヨハンのレッスンを受けるうちに、いつの間にか目にするクラッシック音楽の譜面に並ぶ音符が身じろぎつつも跳ねているように見えるようになっていた。
あらたな演奏技術を得たぼくは、得意げになってスウィングビートでバイオリンを奏でる。
ああ、これこそがぼくの求めていたサウンド。バイオリンを弾くたびにこころが踊る。
パパとママにも聴かせてあげたい! さっそく演奏旅行から帰国した両親に新たなバイオリン演奏を聴いてもらった。が、ふたりとも少し驚いたような眼をして、特に感想は述べずに無言で自室へと去っていく。ぼくの演奏があまりにも響いたのだろう。が、そんな楽観的な期待は事あるごとにつぶされていく。
ギムナジウムの同級生たちは、ぼくの演奏を聴いて首をかしげる。「うまいけど、そんなのクラッシックじゃないよ」となじられることもあった。やっぱりぼくの演奏にはついてこられないのかな?
なぜか、いつも参加して受賞していたコンクールでも落選が続く。審査員の講評は「先人への敬意が著しく欠けている」とのことだった。いや、ぼくはけっして先人への敬意を欠かしたことなどない。
ヨハンのように、これからの未来にもいわゆるクラッシック音楽を伝えていくために、いまの時代に即した演奏をすべき、という姿勢をバイオリン演奏で示しただけだ。それは……傲慢な考えなのだろうか?
1998年、十六才になってもぼくはあらゆるコンクールで落選を続け、少しづつ両親から距離をおくようになった。例の家庭音楽講師はとっくに解雇されている。
最終話へつづく
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