【連載】釜石と私〜第1回:釜石を知らない私が釜石に着くまで〜
いったいどこに連れて行かれるのであろう
はじめて釜石にきたとき。
社会人として一歩を踏み出すということもあり、
不安と希望をかかえていた。
おまけに、はじめてくる土地、はじめて出会う人、
はじめての1人暮らし、はじめてづくしでもあった。
岩手県は広い、というのは後から知ることに
なるのだが、新花巻駅から釜石までの車中、
私の心は緊張で満たされていた。
あの頃の私には、
今の私なんて想像もできなかっただろう。
釜石で働いて、お金を貯めてドイツに留学して、
サッカーの指導者のライセンスをとりたい。
そんな目標を掲げていた当時の私には。
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釜石市の存在すら知らず、
岩手県はおろか東北地方にも来たことがなかった。
岩手県ときいて思い浮かぶのは、
盛岡市と遠野市くらい。
小学5年生からはじめたサッカー。
全国高校サッカー選手権大会のおかげで、
盛岡と遠野という言葉は知っていた。
ろくに下調べもせず、東北新幹線に揺られながら、
釜石とはどんなところなのだろう、と思いふける。
車窓から見える景色は、
都市部から離れ、
田畑や山林ばかり。
東京駅を出る頃には、お客さんでいっぱいだったが、
北上するとともに閑散としていった。
東京から新花巻までの2時間30分。
これまでの自分の人生を振り返り、
これからの自分の人生を想像する。
そんな時間だった。
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新花巻駅へ着くと、これから働く会社の社員が、
迎えに来てくれていた。
はじめて出会う人。
50歳半ばの女性。
その方と車で釜石まで行くことになり、
車中では釜石のことを質問した。
運転に集中する彼女の邪魔をしない程度に。
初対面であったが、私の質問に対して
明るく笑顔で回答してくれたこともあり、
私の緊張感は次第に薄れていった。
車中から見える景色は、
新幹線から見る景色と異なり、
どんどんと人里離れていくようだった。
くねくねした曲がり道。
木々が生茂る小山を通る道。
道路脇に流れる大きな川。
まばらに点在する民家。
そんな景色を見ながら、
トトロに出てくるような田舎町をイメージして、
そんなところに薬局なんてあるのかな?
なんて想像したりもした。
「あと30分くらいです」
「これから長いトンネルに入るので、
それを抜ければ釜石ですよ」
夕暮れ時ということもあり、
ライトをつけて走る対向車もいた。
薄暗い田舎道。
私の中で膨らんだ釜石へのイメージは、
車から見える寂しい景色とともに、
不安の入り混じったものになっていった。
「2年前くらいだったかな、このトンネルができて
本当に移動が楽になったのよ」
「それまでは険しい山道を通らなければ
ならなかったのよ」
「その道は事故も多くてね」
そんな豆知識を挟んでくれたおかげで、
長いトンネルを移動する中、
いくらか時間を気にせずにいることができた。
トンネルを抜けると、あたりは真っ暗であった。
「もう少ししたら釜石の街が見えるよ」
そんな話をきいて束の間、
高台の道路を走る車から、
たくさんの明かりが見えた。
民家の明かりだったり、車のライトだったり。
あたりが真っ暗なこともあり、
よりいっそう眩く光っていた。
それを見て、私の心の緊張感は
いくらかほぐれ、安心したように思う。
釜石に着いたんだ。
これから釜石で働くんだ。
そんな前向きな気持ちが湧いてきた。