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【紀行と備忘】:北の国に恋をした。
モンゴルの遊牧民社会にお邪魔した観察ドキュメンタリーである「マルガーシ」。自分なりの旅の記録であり、滞在に関わってくれた存在への感謝の形であり、文化人類学っぽいことの実践を試みたし形である、なんとも自己満足要素の強いこの作品は、なんだか不思議なことに評価してくれる人が多いみたいだ。自分がすごいんじゃない。遊牧民の生き方がすごいんだ。
はてさて、有り難いことにまた上映してくれる方が現れ、なんと今回は北海道の旭川の地へ赴いた。
飛行機が着陸の姿勢に入り、重い金属の先端が鈍く光りながら雲を割り、窓から見えた景色は雪国だった。
その景色は、川端康成のあの一節を思い起こさせ、そして、数年前に道東を訪れたときに心が躍ったように、北国の雪を見て、また心が弾むのを感じた。
空港を出るやいなや、寒風が顔に当たる。
鼻の奥をツンとつくような冷気は、小学生のころの朝の通学路で感じた冬を想起させてくれた。
冬の冷気が好きだ。
指先がかじかんで、鼻腔の奥を冷気が突いて、マフラーに首を埋める、やはりそんな冬が良い。
東京ではもう、その冬の気配を感じることができない。暖められすぎた暖房の電車から吐き出される汗をかいた人の群れ。透き通る冬の空を見れない街。
温暖化が奪ってしまったものは計り知れないな、としんみりとひとりごちた。
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北の国の先住の人々
滞在中、「川村カ子ト アイヌ記念館」を訪れた。
彼らの丁寧な仕事、生活の痕跡を、火の気のないしんとした館内を回りながら、ゆっくりと辿る。
足るを知る、生命への真摯な向き合い方と文化。
その精神性の重要性は、まさに今の時代に改めてゆっくりと立ち上がってきている気がしている。
我々、倭人の祖先が犯した罪の重さは計り知れないが、今はただ、喪われていく彼らの音を少しだけでもとどめようとする尊い営みに微かに手を貸すことしかできない。
この辛く厳しい冬を、彼らはどのように越えていたのか。鮭の皮でつくったブーツを眺めながら、冷たい息を吐く。
富良野の冬の森で
富良野自然塾のスノーシュー体験に参加し、夏は立ち入れない場所まで、深く森へ潜っていく。普段は入れない場所って、ワクワクするよね。
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ヒグマやエゾシカの残した痕跡の読み取り方を学び、木々の種の残し方を知る。キノコを採取してお茶を濾し、外来の生き物の忍び居る場所を抜け、真っ白な坂をキャラキャラと笑いながら、白い息を弾ませながら、勇み、くだっていく。
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冬の森はなんて静かなんだろう。
雪が落ちる音すらもそっと吸い込まれ、自分の息の音だけが聞こえる瞬間がある。
その美しさに、ゆっくりと心が満たされていく。
冬の自然が好きだなぁ!
思わず、そんな風に叫びだしたくなる。
動物たちはすごいんだ
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ゴマフアザラシの脂肪率は50%以上ある。
彼らは20〜30分の水中活動が可能で、水深300mまで潜ることができる。
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ホッキョクグマは獲物を冬に捕るため、マイナス50度の世界で冬眠をしない。皮膚は黒く、熱を閉じ込める下毛と、断熱材になる上毛の二段構造をうまく使い、実は透明色な毛を持ち、太陽の光をうまく浴びて生きている。
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「ちがう、動物たちが、すごいんだ!」
生き物は、ただただすごいのだ。
自然を奪わず、足るを知ることを意識せずに当たり前とし、
身の丈の中で静かに営みを繰り返し、佇んでいる。
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閉園間際の動物園で、シンリンオオカミの目を見つめたときの瞬間が忘れられない。
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なんて美しい生き物なのだろう。
シートンがカランポーのロボに惚れ込んだことを思い出しながら、オオカミの時間の流れ、その息遣いの世界に少しだけお邪魔をさせてもらう。
旭山動物園の展示には、こんな言葉がある
(一部編集)。
ちょっと我慢して見続けてみてください。
呼吸のリズムを感じてみてください。
ふと見続けることができる瞬間が訪れます。
それが、彼らの時間の流れ。
それぞれの動物の時間の流れを感じたとき、
その時間の流れを心地よく感じたとき、
振り返って自分の時間の流れを思うとき、
なにが大切なのかにふと気づかされるのではないでしょうか。
私たち人間だけが、連環の輪から外れ、奪い、破壊し、挙句の果てには、何も還さない。屍肉となっても。排泄物さえも。
生き物がどれだけすごい存在なのか、
人がそこからどれだけ逸脱してしまっているのか。生き物たちと目を合わせて、その呼吸に耳を澄ませる。
ここはそんな瞬間に出会い直せる動物園だ。
一人でも多くの人々が、ふと立ち止まれる瞬間を生み出せるように、彼らは今日も丁寧に、ひたむきに、生き物たちの世話をしていく。
動物が動物らしくあること、共に暮らすこと
ろくふぁーむさんは、5人家族でセルフビルドの家に住み、自給自足を体現する素敵な一家だ。
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必要な広さだけ森を拓き、必要な広さだけ畑を耕す。
犬を飼い、猫を飼い、ヤギを飼い、豚を飼い、鶏を飼う。犬は鶏を猛禽や捕食者から守り、猫は作物をネズミから守り、ヤギは雑草を喰み、乳を出し、肉となる。豚も同じ。鶏は卵を産み、卵を産めなくなるまで生きた後、肉となる。
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子どもたちは日常の中で、命をケアし、いただくことを、当然の所作として、当たり前に身に付けていく。時に目を腫らして、鼻をすすりながら。そこには尊厳を奪い、殺し、それを他者に完全に委託するという都会的な行為はない。涙とともに命の始まりと終わりを看取っていく、優しい静けさだけがある。
「人間として、生きていていいんだ。やっとそう感じられるようになってきたんだよ。」
彼らは偶然、家のすぐ近くで水源を掘り当てたわけではないと思う。きっと、山が水を彼らに与えたのだ。産声を上げたばかりの幼子を背負いながら、山に手を合わせ、慎ましく生きていく彼らに。
まるでその物珍しさを面白がるように、自給自足的な暮らしを取り上げるメディアはたくさん存在する。まるでその不便さをからかうように田舎を取り上げるメディアも。
どちらが貧しいのだろうか。
どちらが愚かなのだろうか。
どちらが外れているのだろうか。
彼らが「いただきます」と手を合わせる瞬間に、どれだけ近い「いただきます」を私たちはできているのだろうか。
たくましい腕と握手をして、再訪を誓う。
牛が拓く森
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斉藤牧場は、厳しい自然の開拓の中、「自然を支配する、克服する」という概念を捨て去った結果、生まれた酪農方法(山地酪農)で営まれる牧場だ。そうするしか彼らがそこで牛と生きていくことはできなかった。
朝、牛たちは乳を搾られたあと、山を登っていく。
彼らが草を喰み続け、気の遠くなる年月をかけて山は牛と森が共存する土地へ姿を変えていく。
牛たちは木陰で涼み、暑い日にはより高い場所へ登っていく。そこが涼しいということを知っているのだ。
稀に沢に落ちて死んでしまう牛もいる。
そして夕方になると、乳を搾られに牛舎に戻っていく。
牛飼いたちは、激しい肉体労働の中で、あるがままの牛たちを見守っていく…
「おすすめはしないけどね笑」
牛が牛らしくあること、人がそれで生業を成立させていくこと。その狭間で、たくさんの人々が、たくさんの悩みや思いを抱えながら、今日も長靴を履いて早朝のフィールドに赴くのだ。私たちが安易に消費している牛乳や肉製品は、そんな彼らが作り出してくれたものなのだということを、私たちは決して忘れてはいけない。
マルガーシ
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これはモンゴル語で「明日」を指す言葉だ。
もうどうしようもなくなっているこの地球と人間社会で、たくさんの悲鳴を無視しながら、私たちはより「豊かな」状態を目指して、あらゆる他者を踏みにじっていく。
そんな世界で、もう人間をとても肯定できない。とても人間の明日を楽しみにすることができない。これ以上悪くなる前に、いっそ終わってほしい。そんな風に思うことが悲しいことに多々ある。
https://note.com/gooryu0902/n/n4fc36b807caf
そんな日常的に感じている思いを、ふと忘れることができた草原の暮らし。明日を迎えることを楽しみに思うことができた等身大の生活の日々。
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あのモンゴルでの暮らしをただまとめた、淡々とした映像から、観たそれぞれの人の中に様々な思いが立ち上がっていく。自然と暮らすこと、生き物を世話するということ、精神的な豊かさのこと、命をいただくということ、手を合わせること、どこまでも広がっていく地平のこと。
上映会でたくさんの感想が出たことが良かった。
子どもたちに見てもらえたことがとても良かった。
齢12歳で、鶏を泣きながらも育て屠り食べる生活をしている女の子の心に、少しでも響いたものがあったと聞いて、熱いものが目頭にのぼるのを感じた。
映像は特定のメッセージを伝えるだけでなく、それぞれの人が、自分の生活や価値観を振り返り、何かを重ねることができることが役割なんだ。
それこそが地平の彼方から朝日が昇る瞬間に気を高ぶらせることができた自分が届けたいものだったから。
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北の国に恋をした
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北の国の人の静けさと豪胆さが好きだ。
寒く長い冬に負けず、人は共に助け合い、暮らしていく。
その傍らに、雪が積もった木々がある。
動物たちの足音が聞こえる。
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暖炉の火がはぜて
季節の移ろいの中で暮らしていく。
何気ない朝のリビングの中に美しさを感じる。
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結論、北の国に恋をした。
また行きます。
次は願わくば、訪問ではない形で。
生き方を考える、とても豊かな滞在でした。
上映会を開いてくれてありがとう。
足を運んでくれてありがとう。
温かく迎えてくださってありがとう。
たくさんのことを教えてくれてありがとう。
素晴らしい冬をありがとう。
関わってくださったすべてへ、
ただ心からの感謝を述べさせていただきたい。
Сайхан байгаарай.
どうかお元気で。
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