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ある部屋の物語
2014年秋。ふと秘密基地が欲しくなって、吸い込まれるように不動産屋の扉を開いた。良い部屋があれば借りるし、縁がなければやめておこう、くらいの軽い気持ちで。
その日のうちにいくつかの部屋を見て回ったけれど、どこも決めきれずにいた。「バスルームにこだわりたいなら、最後に見せたい」と言われて案内されたこの部屋は、どこをどう切り取っても私好みで、小さいけれどバランスよく、統一感がある部屋だった。すぐに借りることに決めた。
バスルームは確かに、バスタブもかわいいし、窓もあるしでよかったのだけど、私がグッと来たのは洗面台の方だった。
広々とした玄関も良かった。
ここは当初あくまで秘密基地で、本宅が別にあったのだけど、結局は程なくこの部屋に移り住んだ。
日当たりのいい部屋。
照明は備え付けなのにスポットライト。
キッチンは2口コンロだったけど、蛇口が好みだった。
少しずつ物を買い揃えるのも楽しかった。
この頃からテレビは置かずにプロジェクターとBOSEのスピーカーを愛用していた。
ライブ映像を黒い枠のない画面で見るのはすごくいい。没入感は抜群だった。
夏になって、ダイビングを始めた。人生が変わった。
そして、この部屋に住み始めた一年後くらいにバリ女子旅で夫と出会い、その一年後には彼が来日して一緒に住み始めた。
夫が来る直前、ずっと探していた「安くてかわいいソファ」に巡り合って購入。
食器も2人分買い揃えた。
さらにその一年後には、長男を迎える準備をした。
やってきた赤ちゃん。
パパになった夫。
相変わらず、この部屋は好きだった。でも、割とすぐに限界は来た。赤ちゃんの服もおもちゃも、どんどん増え続ける。部屋も私もキャパオーバーだった。
ふらりと立ち寄った不動産屋で通っている教会の近くに運良く部屋が見つかった。
引っ越す日の朝。
退去の日。
この部屋は、いろんなきっかけをくれた場所だった。立ち会いに来たスタッフの方に思わず「この部屋…好きでした…」と告白かよ、な発言をして相手を困惑させてしまうくらい、本当に好きだった。
妻になり、母になり、家の在り方や求めるものは変わってしまった。今の家も総合得点としてはとても気に入っているけれど、それはあくまで「家族」がいてこその話。かけがえのない家族だから、入れ物には多少妥協できるようになったということなのかもしれない。
けれど、私ひとりの価値観に照らし合わせた時、あの部屋以上の住処にはもう巡り会えないかもしれない。
いつかまた、ふと秘密基地を欲する時が来なければ、の話。
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