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消えた口内炎 前編【読書時間4分】

プラントノベル


1、占い


 目を閉じて水晶玉に手をかざす母の姿を何度見たことだろう。

「あのね。アナタってとても華がある人だと思うの。人望もあるみたいね」

 母の向かいに座る里乃は、不思議そうに見つめている。

「青山という男もアナタと同じ、華があるの。似た者同士ね」

 里乃の目が輝く。

「同じ者同士は惹かれあうこともあれば。すれ違うこともあるの」

「すれ違うって、青山さんに振られるとか」

「そうね」

「何かいい方法ないですか」

 母にすがるような里乃の言い方だった。

「恋愛は、運命が支配しているの。でも、それを突き動かすのは、アナタ次第なの。自分信じて、やるべきことをしなさい」

 里乃は、うなづく。

「それでね。どうしてかしら、さっきからイチゴがずっと見えてるの。これ、神のお告げなのかしら、つまり青山とアナタをイチゴが繋ぐの」

「イチゴ」

 里乃の声が微かに聞こえた。

「そう、イチゴ。それも青山が持っているの」

 それ以降、母は何も見えなくなったようで、いつもように、どこの国の言葉とも分からぬ呪文を唱え、ほどなくして占いは終わった。

2、貴重な友人

 うちの家は祖母の代から占いをやっている。

 よく当たる占い師として知られていた祖母に対し、母は半分ぐらいしか当たらないので、ポンコツ呼ばわりする人もいる。

「麻希、今日はありがとうね」

 私は微笑みながら首を横に振った。

 里乃は、大学の先輩の青山さんに恋している。

 青山さんは同じゼミの2つ上の先輩。四年生だから、あと半年で卒業だ。

 勉強もスポーツも出来て、性格もいい。そんな少女漫画のイケメンキャラのような人なのだから、気にならない女子なんていないだろう。

 駅前の商店街を里乃と歩く。

 占いをしているうちに雨は上がっていたようだ。

 初秋の風が私たちの身を包んだ。

 もうすぐ街路樹も色づきはじめるだろう。

「麻希は、占い喫茶継ぐの」

 私は首を振る。

「私はね。お父さんに似て全然占いとか出来ないんだ」

 父は、普通の会社員だ。

「上手くいくといいね。青山さんと」

「うん」

 何か言わないと間がもたなくなりそうなので、なんとなく言ってみた。里乃は、嬉しそうにしている。

 里乃は、久しぶりに出来た友達だ。

 私なんかと違って、小さい頃からずっとスクールカーストの上位にいた子なのだろう。

 この子も、恋に悩むんだ。

 都会から、うちの大学に進学してきた里乃は、洗練された雰囲気が漂い、取り巻きも同じような子たちがいる。

「里乃と青山さんなら、お似合いのカップルだよね」

「そんなことないよ、あたしなんか全然だよ」

 微笑んでいる里乃の横顔を見ながら、絶対そう思ってるだろと心の中でツッコミをいれてみる。

 「でもさぁ、青山さん、あと半年で卒業でしょ。あたし、後悔したくないんだよね」

 もう一度、横顔を見てみると今度は真剣な目をしていた。里乃の思いを垣間見た気がした。

3、口内炎

 口内炎の痛みには腹立たしさが含まれている。

 舌が触れるたびに、食べ物がしみるたびに、舌打ちをしたくなる。

 今回は、かなりデカイものが出来た。舌で外周をなぞってみると過去最大級の大きさのような気がする。

 それもよりによって、鼻の頭の裏側、前歯と接する辺りに出来たのだから気になってしかたない。

 占いのときに母の後ろに控えながら、駅前商店街を里乃と歩きながら、舌先でソイツをいじっては、苛立っていた。

 なので、駅まで里乃を送ったあと、ドラッグストアに立ち寄った。

 陳列された商品を眺めていく。口内炎の薬も様々だ。

 飲み薬、塗り薬、患部に貼るシールのようなものまである。

 やっぱり飲み薬が定番なのではないかと思い手にとる。

「お買い物ですか」

 急に後ろから声がして、誰なのかと振り向く。

 青山さんが立っていた。

 「何してるの」

 青山さんに聞かれて、慌てて手にした口内炎の薬を後ろに隠す。

 青山さんほどのイケメンの前で、口内炎の薬を堂々と見せることができない。これは、女子の宿命というものか。

「え、あの、まぁちょっと」

 その場を取り繕う言葉を探すが出て来ない。

「明日、ゼミ来るでしょ」

「もちろん行きます」

「そっか。じゃあね」

 青山さんは背を向けて去っていく。

 真っ直ぐ伸びた背中を見つめる。

 あれほどのビジュアルの男が現れると、どうしても緊張してしまう。

 青山さんが店を出たところを見届けてから、お会計を済ませる。

 店の外はさっきと同じように秋風が吹いていた。

 水たまりが街頭の灯かりを映し出す。秋風の中に雨露の香りを感じる。

 風に吹かれながら、舌先が口内炎に触れる。また腹立たしい痛みを感じてしまう。もう癖になっているようだ。

 後編に続く。
URL
消えた口内炎 後編|プラント (note.com)




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