
愛聴盤(32)ルチア・ポップ「四つの最後の歌」
リヒャルト・シュトラウスの晩年の作品「四つ最後の歌」。湧き上がるような感動を与えてくれる作品です。
私が最も愛聴しているのが、名歌手ルチア・ポップがクラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニックと1982年に演奏したもの。
若い頃にクレンペラーの指揮の下で歌った「夜の女王」のアリアを聴くと、この頃からテクニックと音楽性を高次元で兼ね備えていることがわかります。
美貌、美声、気品を兼ね備えた歌手。幅広いレパートリーをもち、ドヴォルザークの「ルサルカ」の「月に寄せる歌」あたりも逸品でした。可憐なイメージの彼女でしたが、年を重ねるごとに音楽に落ち着きと深みが加わり、この曲をレパートリーにするに至りました。
大戦後、80歳を超えたリヒャルト・シュトラウスの書いた「4つの最後の歌」。晩年の心境が音楽で表現された名作です。
「春」 Frühling
幅広い音域が要求される曲ですが、ルチアは難なくクリアし、オーケストラと一体になりながら、ワーグナーのように音楽がうねります。まるで彼女がオケをドライブしているようです。
Du kennest mich wieder,
du lockest mich zart,
es zittert durch all meine Glieder
deine selige Gegenwart!
「あなたはもう一度私を見つけ
優しく私を抱く
私の四肢が震える
あなたの素晴らしい存在に!」
テンシュテットの熱い音楽が、ルチアの歌唱をがっちり支えます。
「九月」 September
ルチアの長いフレーズと、ゆったりとしたディミニエンドには息をのみます。テンシュテットのいつくしむような音楽。ホルン独奏が素晴らしい。
「眠りにつくとき」 Beim Schlafengehen
オーケストラの重厚な響きから、鮮やかに浮かび上がるようなルチアの声が素晴らしい。これ以上遅くできないようなテンポで、「今は一日に疲れてしまった」と歌い始めます。
美しいヴァイオリン・ソロの後に、ゆったりと歌い始めるルチア。
Und die Seele unbewacht,
Will in freien Flügen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht
tief und tausendfach zu leben.
「そして、解き放たれた魂は
自由に飛び回りたがっている
夜の魔法の世界の中へ
深くそして千倍生きるために」
彼女の余裕のある美声に恍惚としながら、深い感動の渦に巻き込まれていくようです。
「夕映えの中で」 Im Abendrot
テンシュテットの音楽は、まるで巨大な生き物のような深い呼吸があります。ルチアは、その息の長いフレーズの上に、大きく弧を描くように歌います。
O weiter, stiller Friede!
So tief im Abendrot
Wie sind wir wandermüde -
Ist das etwa der Tod?
「おお はるかな 静かな平和よ!
こんなにも深く夕映えに包まれて
私たちはさすらいに疲れた
これが死というものなのだろうか?」
ドイツ・ロマン派の流れをくむリヒャルト・シュトラウスの儚く、陶酔的な音楽を、ルチア・ポップは見事に歌い上げています。それを、テンシュテットは、大きく息継ぎをするように、ためらうような音楽で包み込んでいます。
最後までお読みいただきありがとうございました。