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佐藤仁志の小説

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僕が書いた小説をまとめました。頑張ってたくさん増えていくといいなー。
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#2000字のドラマ

2000字ドラマ 小説『飛び立つ前の』

飛行機が飛び立つ瞬間を見に行かないか、と沢渡が声を掛けてきたのは、教室の机で進路希望調査表を前にした僕の顔が今にもひび割れてしまいそうだったからに違いない。 高校三年生の夏休みを間近に控え、教室の窓からは分厚い積乱雲が真っ青な空に覆い被さる隙を虎視眈々と狙っているのが見えた。 思わず「いつだよ」と返事をした僕を見て、沢渡は目と口がくっついてしまいそうなくらい嬉しそうな顔をして「日曜日がいい」と言った。 「日曜日は夕方まで塾の模試がある。無理」と言うと、そのまま僕はふたたび

#2000字のドラマ『同じ距離に浮かぶ』

「僕たちは観覧車が地上から最も離れたとき、そこを頂上だと思う。でも、それは勘違いだ。観覧車は円形で、それぞれのゴンドラは全て放射状に同じだけ中心から離れている。つまり、頂上なんてない。たとえ、地上に立つ人から見下ろされようとも、僕たちは等価だ。上下も優劣も存在しない。」  僕のノートパソコンの中で登場人物が饒舌に語った。空はいつの間にかオレンジ色のグラデーションで染められて、歩く人の顔を鮮やかに照らしながら、同時に、心のうちを覆い隠すような真っ黒な影を東側に伸ばしもした。僕

#2000字ドラマ 小説「花になる」

あの子は花になった。深夜、病院のエントランスホールで鳥野が口にしたその言葉を、美月はずっと忘れられないだろうなと思った。そんな難解な言葉を語るには、あまりにもなめらかで自然な口ぶりだったから。 美月と早苗はもともと仲が良かったわけではなかったが、中学生になって部活での人間関係に疲れて学校を休みがちになった美月が、平日の昼間、犬の散歩のためにいつもの川沿いの道を歩いていると河川敷に腰を下ろして川を眺める早苗を見つけた。そっと通り過ぎようと思ったが、飼い犬が声をあげてしまい、振