見出し画像

猛者と猫舌

熱いものを食べている時、必ず「熱っ」と言う人がいる。それも、口に付けた時ではなく口に入れた後にである。私は熱い時に熱いと言っても何の解決にもならないし、そもそも熱さをやり過ごすことに必死で喋る余裕もない。何のために今熱いのだという主張をするのかずっと疑問だったので思い切って聞いてみた。答えは簡単で、熱いからだそうだ。熱いから熱いと言う。それは別に良い。だが腑に落ちない。なぜそんな主張をするのか。なぜ口内が熱さで火傷のリスクに晒されているのに、わざわざ「熱っ」などと無意味な発言をするのか。どう聞き出すべきか思案した後、「熱い時によく喋れるね」と少し違う方向から踏み込んでみた。すると、「本当に熱い時は喋れないよ。これはそこまで熱くないからね」と笑いながら言った。エッ…?今、私たちは同じものを食べている。私は大変な思いで食べている。衝撃で箸が止まった。熱いものを食べているのだから熱いのは当たり前なのにどうしてそんなことを言うのだろう、この人は余計なことを言っている。苛立ちの滲み出る疑問を今日までずっと抱き続けてきた。そのモヤモヤが漸く晴れた。私たちの間には格差がある。つまり、私は熱さ耐性のない格下の存在で、この「熱っ」は強者の証明であり余裕から来る戯言なのである。なるほど、それなら仕方ない。熱さと戦う私を尻目に、この人は熱さを楽しんでいる。立ってる土俵が違うのだ。次にこの言葉を耳にする時は、今より穏やかな気持ちで聞き流せるだろう。何となく聞きづらくてそのままにしていたが、意外と聞いてみるのも良いものである。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?