
「ジェネラリスト志向」と「おせっかい志向」。新たなキャリアプランを提示し、人材流出に悩む宿泊業界の常識を変えた
株式会社Nazuna
【取り組み概要】
労働環境が厳しい宿泊業界で、社員がイキイキと働ける人事制度を導入
①管理職やホテル支配人を目指したい人向けの「ジェネラリストキャリア」と、お客様の満足度をアップさせることに特化した「おせっかい志向キャリア」の2つを設定。キャリアごとに7段階の等級を設けて、必要なスキルを細かく定義
②評価制度を見直し、社内で給与テーブルを公開。他社ホテルにも公開することで業界全体の活性化を目指している
従業員の成長意欲が向上し、モチベーションサーベイは20ポイントアップ。採用数も業界平均の2倍に。
【受賞ポイント】
●接客業の「おせっかい」を経営理念に掲げ、わかりやすいキャリアパスや給与体系を整備し社内外に公開
●密なコミュニケーションによる社員の意欲向上で離職率が低下し、採用実績は業界平均の2倍を達成
●自社だけでなく業界全体の課題解決を目指し、他のホテルにもノウハウを共有
「自分のキャリアを自分で選ぶ」新たな制度へ
インバウンド観光客の増加によって新たなビジネスチャンスを迎えた宿泊業界。一方では、採用市場が過熱する中で人材確保と定着に苦心する企業も多い。異業種と比べて決して給与水準が高いとは言えず、キャリアアップの道のりも不透明なことから、人材が流出しやすい傾向もあるという。この現状を変えるため、京都を中心に宿泊施設を展開する株式会社Nazunaは、業界の常識を覆す大胆な評価制度改革に踏み切るとともに、従業員へ新たなキャリアプランを提示している。その狙いは、宿泊業界を「誰もが入りたいと思う業界」に変えることにあった。
従業員の志向に応じた2つのキャリアパス
かつてのNazunaでは、社内プレゼンの結果一つで昇格が決まり、業績や成果よりも人間関係の駆け引きが優先されていた——。不動産デベロッパーを経て同社に参画した渡邊龍一さん(代表取締役)はそう振り返る。
「現場からは『何を基準に評価されるのか、何を目標にすればいいのかが分からない』という声が上がっており、評価の透明性を確保し、従業員が納得できる仕組みへ変えなければならないと感じていました」(渡邊さん)
そこでNazunaは、「ジェネラリスト志向キャリア」と「おせっかい志向キャリア」という2つの選択肢を従業員に提示した。
「ジェネラリストキャリア」は管理職やホテル支配人を目指す従業員向け、「おせっかい志向キャリア」はお客さまの満足度向上に特化したい従業員向けのキャリアだ。それぞれに7段階の等級を設け、必要なスキルや評価基準を明確に定義した。


「どの道を選ぶのかは本人次第です。半年ごとにキャリアチェンジ も可能にし、それぞれのキャリアコースに応じた研修を用意しています」(渡邊さん)
この制度により、従業員一人ひとりが自分の目標や適性に応じた成長を遂げることができる。たとえば、「おせっかい志向キャリア」を選んだ従業員は接客技術を磨くことに専念し、顧客満足度の向上に貢献する。一方「ジェネラリストキャリア」を選んだ従業員は、マネジメントスキルを磨き、チームを率いる力を培う。
”MOP”を目指せ! 自発的に目標を定める従業員
Nazunaに入社する従業員は、自らキャリアの方向性を選択することから業務が始まるという。
「採用前の選考段階から、現場のリアルな仕事を見てもらうことを徹底しています。泥臭い部分も含めて知ってもらい、自分に合ったキャリアを選ぶことが、離職を防止するために欠かせないと考えています」(渡邊さん)。
従業員に影響を与えるのはキャリアプランだけではない。「おせっかい」を経営理念に掲げる同社のミッション・ビジョン・バリューを社内イベントなどでくり返し伝え、共感する従業員を増やしていくことも重視してきた。

一方で渡邊さんは「成長や昇格に興味がない従業員も尊重したい」と語る。
「この業界に入ってくる人の中には、『自分らしくお客さまに貢献したい』『じっくり接客を楽しみたい』と考えている人も少なくありません。そうした人にはぜひ、おせっかい志向を極めてもらいたいと思っています」(渡邊さん)。
現在のキャリアパスプランにおける評価期間は半年。その期間の初月に、本人・支配人・役員・人事によって目標設定ミーティングを行う。そこで決まった目標に対し、進捗確認のミーティングを毎月行い、最後の評価月には同じ4者で評価面談を実施する。
昇格を目指す人にとっては、おせっかい志向キャリアで目指す「MOP」(Most おせっかい Player)を獲得することが昇格要件となっている。Nazuna独自の福利厚生として行われる「おせっかい表彰」は、企業理念「おせっかい革命」を体現したスタッフに贈られる特別な制度だ。特にお客様やチームメンバーに対して積極的に気配りをし、期待を超えるサービスを提供した従業員が選ばれる。
従業員の中には「半期MOP受賞」を目標に、ものすごい量の接客をこなそうとする人もいるという。「このように自発的に目標を定めて頑張る従業員は、かつては少なかった」と渡邊さんは言う。
新制度により、キャリアの方向性や昇給基準は明確になった。これを実行し続けられるかどうかは経営の健全性にかかっている。なぜNazunaでは、業界水準を超える待遇を用意できるのだろうか。
「当社のホテルは部屋数を絞っており、売上の上限が決まっています。その前提のもとで運営効率を極限まで高め、利益を確保することで、従業員の給与を引き上げる仕組みが実現しました」(渡邊さん)
変革の波は会社を超え、業界全体へ
Nazunaは従来の宿泊業界の常識を覆し、独自の評価制度を構築。給与テーブルを公開し、キャリアの透明性を高めるとともに、密なコミュニケーションを重ねることで従業員の成長意欲を引き出した。その結果、モチベーションサーベイは20ポイントアップという成果につながった。結果として離職率は低下。採用実績は業界平均の5倍と、組織に好循環をもたらしている。新しい制度のもとで自らのキャリアを選択した従業員は、何を感じているのだろうか。
キャリア選択でポジティブになった従業員たち
2020年にNazunaへ入社した江口さんは、前職では接客業のアルバイトを4つかけ持ちしていたという。
もともとはウェディングプランナーを目指しており、地元・高知から関西の学校へ進んだ。しかし卒業した2020年はコロナ禍の影響で就職活動が厳しく、「おせっかい」を重視するNazunaの理念に共感して入社することとなった。
「正社員になったのはNazunaが初めてです。どんなふうに昇格・昇給していくかなどは、ほとんど考えていませんでした。入社当初は制度が変わる前で、『おせっかい』といっても何を頑張ればいいのか漠然としていましたが、新しい制度では何をやれば評価されるか、ステップアップにつながるのかが明確になりました」(江口さん)
迷わず「おせっかい志向キャリア」を選択し、接客業の醍醐味を実感している江口さん。「就活がうまくいかなかったときはネガティブな気持ちでしたが、Nazunaへ来てポジティブになれた」とも話す。
「ここでは日本だけではなく世界中のお客さまと接しています。ここまで幅広い経験の場があるとは思いませんでした。今後は英語を勉強し、長く宿泊業界で成長したいと考えています」(江口さん)
航空会社のグランドスタッフを経てNazunaに入社した望月さんは、現在ジェネラリストキャリアを選択している。
「私は海外留学経験があり、英語力を生かせるサービス業で働きたいと考えていました。ホテル業界にはもともと『給与が安い』『休みが少ない』というネガティブなイメージを持っていたのですが、Nazunaは給与テーブルが明確で休みも多い。それで興味を持って応募しました」(望月さん)
入社時点で望月さんが選んだのは「おせっかい志向キャリア」 。当時は上を目指すことは考えず、最大限の接客をしたいとだけ思っていた。しかし、評価制度が整備されていく中で、自分が成長していくためには何が必要なのかを具体的に考えるようになったという。
「実際に目標を定めて行動してみると、評価面談の結果が悔しくて泣いてしまうこともありました。それだけ全力でやれていたのだと思います。おせっかい志向でキャリアアップしながら、お客さまの満足度を高めるだけでなく、仲間が働きやすい環境を整えることにも大きなやりがいを感じるようになっていきました」(望月さん)
会社をもっと良くしていくために、自分が上に行きたい。そう考えてジェネラリストへキャリアチェンジした望月さんは今、将来の幹部候補として期待を集めている。

会社を超えて手を取り合い、日本のホテルのブランド価値を高めたい
Nazunaはこの成功を自社だけにとどめるつもりはない。給与テーブルを公開するだけでなく、他社ホテルにも積極的にノウハウを共有しているのだ。

京都周辺の他社ホテルに声がけをし、セミナーを開いてNazunaの制度を発表する取り組みも実施。開催時には他社ホテル10社以上と、Nazunaの従業員半数が参加する結果となった。
野村不動産グループの関連会社でホテルの新規出店や運営・管理を担当する長友健太郎さんも、こうしたセミナーに参加する1人。2022年に開業した京都のホテルが縁となって渡邊さんと出会い、それ以降情報交換を続けている。
「ホテル業界は人事評価制度や給与制度がブラックボックスになりがちで、入社してみないと分からないことが多いのです。一般スタッフ層では『総支配人がいくらの給与をもらっているのか知らない』という人も多いはず。当社でも、初任給は提示しているものの、どのようにステップアップ・昇給していけるかの情報は非開示でやってきました。その結果、入社後のミスマッチが起きて早期離職が発生していました」(長友さん)
人事制度だけでなく、集客面でも、Nazunaはこれまでのホテル業界の常識にとらわれない取り組みをしている。「新しいノウハウをインプットして自分たちの現場でも展開したい」と長友さんは意気込む。
「現在はNazunaの取り組みにヒントを得て、採用マーケティングを実践しています。SNSの公式アカウントを開設したり、ブログサイトで情報発信したりと、Nazunaの取り組みから学ぶことはたくさんありました。直近では職場環境や制度に対する不満を匿名アンケートで集約するなど、入社後の離職率低減に向けた取り組みも行っているところです」(長友さん)
Nazunaを中心に、ホテル業界を変えていこうとする同志が増え続けている。京都エリアでは歴史があるホテルと新規参入のホテルが競争を続けているが、同時に「日本のホテルのブランド価値を高めたい」という思いを共有し、会社を超えて手を取り合う機運も高まっているのだ。
「現状の稼働率や販売価格などを見ると、外資系ラグジュアリーブランドに大きく差をつけられているのも事実です。人事制度面でも、外資系なら専門性やスキルに応じてどんどん昇格・昇給していける。私たちも変化しなければいけません。今後も交流を続け、外資系に負けない日本のホテルとして発展していきたいと思っています」(長友さん)
WRITING:多田慎介
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります
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