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育休取得の罪悪感を発想の転換で和らげる!育休を取った社員の同僚に最大10万円を支給する「お祝い金制度」で、みんなで支え合える職場へ

三井住友海上火災保険株式会社

取り組みの概要
子どもができた社員は産育休を取る際、「周りに迷惑をかけるのではないか」と職場を気にしたり、休むことに罪悪感を抱いたりしがちだ。一方で同じ職場で働く社員は「おめでとう」の気持ちを抱きつつも仕事量の増加を懸念して手放しで喜べないこともある。こうした職場の空気をポジティブな空気に転換することが少子化への対策となると考えた同社は、「育休職場応援手当(祝い金)」を2023年7月に新設。これは、「社員が育児休業を取得した際、育休を取った社員が所属する職場の社員に対して手当(祝い金)を支給する制度だ。支給額は最大10万円。こども家庭庁の小倉將信前大臣が視察に来社し、少子化対策の参考となった。

取り組みへの思い
三井住友海上火災保険株式会社は、子育て支援策として、法を上回る産育休期間の設定、独自の育児休業給付、短時間勤務や不妊治療等の両立支援制度の整備、男性社員の育児休業1ヵ月取得義務化といった施策を実施していた。一方、育休を取得する社員を支える同僚に対する支援は改善の余地があり、会社として育休取得者だけでなく同僚にも配慮し、育休をより取りやすい職場の空気に変えるため、新制度の導入を決断。育休を取る社員、職場で支える社員双方にメリットのある制度設計を心がけ、お祝い金の制度を新設した。(人事部主席スペシャリスト(主席HRストラテジスト)兼人事改革推進チーム企画チーム/丸山 剛弘さん)

受賞のポイント
・産育休取得者ではなく周囲の社員に祝い金を支給
・育休取得の促進を仕組み化
・研修などの機会も強化
→育休取得者を心から応援する風土が醸成されつつある。「休みを取る権利」への意識がさらに拡大することを期待。

職場に気を使うことなく、子育てができる環境を作る

取り組みがニュースで報道されるやいなや、「画期的だ」と評価されたお祝い金制度のきっかけは、2022年12月における舩曵真一郎社長からの検討指示だった。

翌春に行われる春闘の労使交渉を考え、ベースアップや待遇改善案を検討していた丸山さんは、社長への報告を終えた人事担当役員から、思いもよらない指示を受けた。

「春闘ベア要求への回答の方向性については社長の了承を得たが、『少子化が大きな社会課題となっている。一企業としてできる少子化対策、人的投資を検討してほしい』との追加指示を社長から受けたと、人事担当役員からフィードバックがありました。その場で結論を出せず、2023年明けに人事部内でブレストをすることにしました」(丸山さん)

本人ではなく、周囲がお祝い金をもらうのはどうか

社長が一つの例として出した案は、「子ども一人目は100万円、二人目は200万円、三人目は300万円の一時金の支給」というものだった。

人事部内では「四人目以降は500万円とか、もっと増額してもいいのではないか」との意見も出た。しかし、すでに育休取得者は会社独自の育児休業給付金等を受け取っており、さらに多額の一時金支給を行うと、育休取得者本人が余計に気を使ってしまうのではないかと丸山さんは考えた。そこで、丸山さんは視点を変えて「本人ではなく、周りにお祝い金を払うのはどうか?」と提案をした。

労使交渉では、予想通り労組からベースアップの要求があったものの、社長はその場で満額回答するとともに、会社からの逆提案として、労組に対してお祝い金の案を提案した。

「労組の労使交渉出席者たちはこちらの考えをすぐに理解できない様子でした。満額回答を勝ち取れただけでも良いのに、まさか会社からお祝い金支給の提案があるとは予想もしなかったと思います。出席者全員が、配布した資料をじっくりと読み込んでいました」(丸山さん)

プレスリリースで公式発表する前に、社長が新聞社からの取材で話したことから、新制度はニュースで報道されることに。当初は男女で支給額に差をつけたが、ネットニュースのコメント等で「男性差別ではないか」との批判を受け、金額差をなくした。丸山さんは「こうした柔軟性は当社の魅力」と語る。

人事部主席スペシャリスト(主席HRストラテジスト)兼人事改革推進チーム企画チーム/丸山 剛弘さん

育休取得期間と所属する課組織の人数で、支給額が変わる

規定では「育休を取った社員が所属する職場の社員」とあるが、この「職場」が示す範囲は、取得者が所属する課組織となっている。

支給額は、「本人の育休取得期間」と「課組織の人数」に応じて変わる。課の人数が多い場合、一度に受け取るお祝い金の額は少ないが、育休を取得する可能性がある社員数が多いことから、支給される回数は上がる。結果として、受け取るお祝い金の額の合計には大きな差がないようにバランスを取っている。

「支給額の単価は、育休取得期間の3ヶ月を境目としました。育休取得期間が3ヶ月以上であれば支給額は高くなり、3ヶ月未満だと少なくなる。たとえば、課組織が13人以下の場合、育休取得期間が3ヶ月以上では支給額はひとり当たり10万円、育休取得期間が3ヶ月未満ではひとり当たり3万円が支給されます」

お祝い金の支給は、2023年7月からスタート。できるだけたくさんの社員にお祝い金を受け取ってもらうため、条件を満たせば7月以前に子どもが生まれた社員も支給対象とした。年度をまたぐと転勤するケースがあるが、お祝い金を申請する上司の判断で転勤者への支給も可能とするなど、制度には柔軟性を持たせた。申請は育休取得者の上司が行い、申請月から数えて翌々月25日に入金される。

心からチームメンバーの育休取得、子育てを応援できる

社内の反応については、「反対意見はほとんどなく、前向きな反応が目立った」という。

第一子出産後に育休を取り復帰した女性社員は、「安心して2人目を考えやすくなる」と話していた。ベテランの女性社員は「業務が増えることへのモヤモヤした気持ちを持つことなく、心からチームメンバーの育休取得、子育てを応援できる」と嬉しそうに語った。

お祝い金があることで、自分の仕事をチームメンバーに任せて職場を離れることへの抵抗感が和らぐ

丸山さんが社内で反応を聞いて回ったところ、育休取得経験がない若手女性社員からは「自分も安心して子育てができそう」、若手男性社員からは「育休取得時の引き継ぎに困らないよう、仕事が属人化しないよう心がけたい」といった回答があった。

正社員に限らず全ての同僚が祝い金の支給対象であり(ただし派遣社員は除く)、パートタイムで働く社員から、「お祝い金でランチに行く。仕事へのモチベーションが上がる」といった声もあったという。お祝い金の申請を行う課・支社長からも人事部へ「ありがとう」の言葉を伝えられた。

育休取得経験がある若手男性社員は「会社の後押しによって、男性も育休を取得しても良いと思える」と新制度を評価。同社にはもともと男性社員の育児休業1ヵ月取得義務化の制度があるが、この若手男性社員は、お祝い金制度によって、男性社員がより長期にわたる育休を取得しやすくなると期待を寄せた。

2023年3月と7月に2週間ずつ育休を取得し、職場のメンバーがお祝い金を受け取った男性社員は制度について次のように語る。

「かつてチームメンバーは『仕事量が増えるな』と思っても、育休取得者との会話で負担増に触れることはできませんでした。現に、残ったメンバーの仕事は増え、ボランティアのように対応する面はありました。しかしお祝い金があると、「仕事は増えるけど、頑張るよ。祝い金をもらえるし」と冗談交じりに会話をするゆとりも生まれます。お祝い金があるとないとでは、支える側の受け止め方は全然違うと思います。妻も社内で働いているのですが、メンバーがお祝い金を使っておもちゃを買って自宅へ届けてくれました」(広報部 広報チーム 課長代理/鶴海 翔太さん)

鶴海さんはまた、「育休取得期間が3か月以上か未満かで支給額が変わるため、3か月以上取ろうとする男性も増えていくのではないでしょうか。モデルケースが増え、長期休みを取ってもが良いという環境になっていく。休みの期間を気兼ねなく自分で選べる環境になれば仕事へのエンゲージメントもより高まると思います」と続けた。

広報部広報チーム主任の大澤佳奈さんも「有給を一週間取るだけで気まずさを感じるので、数ヶ月〜1年以上にわたって育休を取るとなると、たしかに気にしてしまうかもしれない。お祝い金の支給があることで、こうした遠慮がなくなると思うし、同じ課のメンバーも快く送り出せると思う」と効果に期待する。

広報部広報チーム 課長代理/鶴海 翔太さん

閣僚が訪問し、意見交換。少子化対策の国策に盛り込まれた

一部からは、不安の声も挙がった。

年収を103万円以内に抑えて働くパート社員の上司から「臨時収入の10万円が入ると彼女たちは収入減をおそれて、出社日数を減らすかもしれない」との報告があったのだ。

「収入減は、思い込みであることを伝えました。多少の所得税はかかるものの、手取りがマイナスにはなりません。10万円を受け取り所得税がかかり手取りが9万円台になったとしても、その9万円ちょっとはプラスですからね。所得税負担回避にこだわる方もおられるのですが、手取りが減るわけではないので、安心して受け取ってほしいと思っています。

同様に106万円、130万円の壁を不安視する動きもありましたが、これらは社会保険料の話です。お祝い金は一時的な臨時収入なので、社会保険料の算出に影響はしません。どうしてもの場合は、お祝い金の受け取りを辞退することもできますが、基本的にはぜひ受け取ってほしいとお願いしています」(丸山さん)

お祝い金制度の評判は社内のみならず、政界にも届いた。

ニュースでの報道で制度を知った、こども家庭庁の小倉將信前大臣は2023年3月16日に来社。前大臣が来社時に強調したのは、以下の二点だ。

・本人ではなく育休取得者の周囲に目を向けたのが画期的だ。

・大企業だけでなく、中小企業にもこの仕組が浸透することが望ましいが、体力がある大企業と異なり、中小企業には経済的な支援が必要だ。その仕組みを整えるのは、政府の役割だ。

結果的に、政府の少子化対策である「こども未来戦略方針」に同社の考えが盛り込まれた。同社の新制度の考え方が、国策の参考となったのだ。

▼「こども未来戦略方針」 給付面の対応から引用

「男女ともに、職場への気兼ねなく育児休業を取得できるようにするため、現行の育児休業期間中の社会保険料の免除措置及び育児休業給付の非課税措置に加えて、育児休業を支える体制整備を行う中小企業に対する助成措置を大幅に強化する。その際、業務を代替する周囲の社員への応援手当の支給に関する助成の拡充や代替期間の長さに応じた支給額の増額を検討する」

制度設計の内容はもちろんだが、「制度名にはこだわった」と丸山さんは振り返る。

「人事部内で制度名の案を募ったところ、『幸せで包み込む』との意味を込めて、『ハッピーブランケット』が挙がりました。当初、役員はこの名称を好んでいましたが、ぱっと見で制度の意味が掴みづらいことから、漢字で明確に表現する案を考えることに。最終的に「育休職場応援手当(祝い金)」に決まりました」

制度名の終わりに「(祝い金)」を加えたのは、「手当で終わると労務の対価の印象を与えてしまうため」だという。新制度の内容もさることながら、名称にまで人事部の配慮が詰まっている。

WRITING:薗部雄一
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

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