
社員全員で中期経営計画を決める中小企業。トップダウンからの大変革で「仕事に誇りを持てる」組織へ
株式会社隅田鋲螺製作所
【取り組み概要】
トップダウン型経営が長く続き、社員が自ら考え行動する風土が欠如。各拠点や部門の特性を生かし切れず、部門間の一体感も乏しい状態を打破するため、経営層ではなく各拠点が経営計画を考える権限委譲を実施
①社員主体のボトムアップ経営へ転換し、各部門が裁量を持って全員参加で中期経営計画を策定
②特性を生かした営業方針や業務改善を推進するほか、議論を通じて目標を共有し、チームの一体感や主体性を醸成
社員が主体的に目標を設定し行動する風土が定着し、チームの一体感が向上。各個人の成長が評価基準につながり、モチベーション向上と社内コミュニケーションの深化を実現
【受賞ポイント】
●トップダウン型経営によって失われた「社員自らが考え行動する職場風土」を、ボトムアップ経営によって再生
●各部門に売上・利益目標、営業戦略、業務改善、採用育成計画などの裁量を渡し、部門長から新人メンバーまで全員で策定する機会を委譲
●全員の当事者意識が向上。経営と現場の議論と相互成長に期待
経営計画も目標も、すべてを自分たちで決める組織
長らくトップダウン型の経営が続いてきた東大阪市のねじ専門商社、株式会社隅田鋲螺製作所(すみだびょうらせいさくしょ)。その経営スタイルは社員の主体性を奪い、部門間の一体感を欠如させる要因となっていたという。各拠点の特性を生かしきれず、業務改善の提案も生まれにくい。そんな状況を打破するため、同社は社員全員が経営に関わるボトムアップ型の組織運営へと大きく舵を切った。「ボトムアップ」は単なるスローガンではない。売上目標に営業戦略、採用計画、さらには中期経営計画まで——すべてを現場が決めるのだ。
「意見を出すことをあきらめていた」社員たち
「えらいところに戻ってきたな……」
2008年、家業の隅田鋲螺製作所に入社した現社長の隅田貴昭さんは、そんな思いを禁じ得なかった。
「社内にはたくさんの課題があるのに、業務改善の提案を求めても誰も何も言いません。社員が意見を出すことをあきらめていたんです。父(現会長)の強烈なトップダウンが長く続き、『社長の言うことを聞いていればいい』という空気ができあがっていたように思います」(隅田さん)

社員の意見を引き出すため、隅田さんは社員一人ひとりとの個人面談を始めた。その結果、社員は実は多くの考えを持っていることが分かった。「ならば、それを生かせる場を作るべきだ」と考え、売上予算と中期経営計画の策定を社員全員で行う仕組みを導入したのだという。
とはいえ、経営の根幹と言える中期経営計画まで現場に委ねてしまうのは大胆すぎるようにも感じる。そんな疑問に対して隅田さんは、「事業成長のために必要なことだった」と振り返る。
「当社は拠点ごとに強みや仕事のスタイルが異なり、マーケットの特性も、各拠点長の考え方もさまざまです。本社がすべてを決めるのはそもそも非効率なんです」(隅田さん)
社員の主体性を引き出すため、各部門が売上・利益目標や営業戦略、業務改善、採用育成計画などを決定できる体制へ。当初は部門から上がってくる計画の精度が低く、実現性に乏しい目標が立てられることもあったが、隅田さんはあえて口を挟まなかった。社員たちは失敗を経験しながら、「自分たちのことは自分たちで決める」という意識を高めていったのだった。
営業二課を預かる中村幹美さんは、最初に社長から中期経営計画を作成するよう指示された際、「どうしよう……」と戸惑ったという。「当時のチームは個人プレーが中心で、一体感なんてありませんでしたから」と振り返る。
取り組み始めた一期目は業績的に勢いがある時期だったこともあり、絵に描いた餅のような大きな目標を立てた。しかし結果は全然届かない。
「どうすれば実現可能な目標を持って部門を成長させられるのか、必死に考えました。新しいメンバーも入ってきて、以前のような個人商店の集まりでは先が見えない。計画そのものも、私だけでなくメンバーから具体的な情報を取り入れて作ったほうが確実になるはずだと思い、みんなの意見を求めたんです」(中村さん)
計画の精度を上げるために営業チームのメンバーと意見を交わし、目標達成に向けた具体策を練る。そのくり返しによって、営業二課は着実に成果を出し、メンバーが成長を実感する組織へと変わっていった。

個人目標も自分で決める。会社の都合は押しつけない
自主性を重んじるのは部門の計画だけではない。同社の評価制度は、売上の数字だけではなく、個人の成長を重視するものとなっている。行動規範に基づき、自分で立てた目標に対してどれだけ成長できたかを評価。数字の大小だけではなく、社員がどれだけ主体的に動いたかを評価の軸にしているのだ。
「まずは個人で目標を考えてもらい、私との面談でもうちょっと頑張ってもらったり、場合によっては冷静に見直してもらったりと軌道修正していきます。目標はあくまでも個人の成長と顧客への貢献のためにあるもの。なので会社の都合を押しつけることはしません」(隅田さん)
営業二課の主任である津嶋凌祐さんは、「最初は目標をどう立てればいいか分からなかったが、先輩たちのやり方を学びながら、自分で考えられるようになった。自分で決めた目標だからこそ本気で取り組める」と語る。
「上司である中村さんからは、自分の目標だけでなく、チーム運営についてもいくつかのテーマを任されています。たとえば直近では、展示会での新規案件獲得や、そのための人員補充などについて考えました。採用については、自分たちの仕事内容を踏まえて『まだまだ人が足りない』と意見しています」(津嶋さん)
こうして部門の採用計画を立て、総務部門の協力を得ながら実際に採用活動を進めていく。まさに組織の経営そのものだ。
「誰を採用するかを決めるのは、あくまでも現場。私も2次面接に加わりますが、社長権限で採用を決めることはありません。『誰と一緒にやるか』も現場を信じて任せているんです」(隅田さん)
とはいえ、ボトムアップの計画策定では個々人の認識や知見によって精度やスピードに問題が生じてしまうこともあるはず。コミュニケーションにも相当なパワーがかかるのではないだろうか。
「鍵となるのは情報共有です。当社では社内SNSを活用してさまざまな情報を共有し、このプラットフォームを見なければ業務がうまく回らない仕組みを総務が作ってくれました。『情報の共有』は当社の行動規範にもなっていて、各現場では上長が声がけし、仕事自慢やナレッジ共有をどんどん投稿してもらっています」(隅田さん)

ポジティブな提案が続々と寄せられる風土へ
隅田鋲螺製作所では、各部門が打ち出した経営計画を統合し、全社の経営計画としてまとめている。部門においては、自分たちで決めた計画だからこそ達成への責任感が高まっていくという。その責任を担う拠点長にはどのような変化があったのだろうか。
売上至上主義だった管理職の変化
営業方針においても、同社は現場に裁量を与えている。山形営業所の所長を務める情野繁樹さんは「ねじ商社でありながら、当社では顧客の要望に応じて木材や発泡スチロールを取り扱うこともある。こうした柔軟な対応は現場に権限があるからこそ可能になる」と話す。
以前は自分の方針をトップダウンで下ろし、メンバーに従わせていたという情野さん。しかし今のスタイルは大きく異なり、メンバーにはまずゴールだけを伝え、積極的に意見を求めるようになった。計画だけでなく実行も現場に委ねられているからこそ、一人ひとりが自由に考えて行動するべきなのだ。
自分たちで計画や目標を決め、実行する自由度の裏側には、大きなプレッシャーもあるのではないだろうか。
「もちろん大きな責任感とプレッシャーを感じています。私の場合はプレッシャーを感じているときこそ、メンバーに弱みを見せて相談するようにしていますね。私の悩みを、拠点メンバーみんなに時間を取って聞いてもらうこともあります。そうすると多様なアイデアが集まり、一人で抱え込んで不機嫌な顔をする必要なんてなくなるんです。メンバーからすると、上司の頭の中が見えていることの安心感も大きいのではないでしょうか」(情野さん)
まずはメンバーの意見を聞く。自分の考えとは違う方向性でも一旦は取り入れてみる。そんな変化に情野さん自身も驚いているという。
「私はものすごく変わったと思います。以前は『上司を追い越してやろう』と考え、人間関係など無視して売上のために必死に走る暴れ馬のような存在でした。だけど、そんなふうにやっていると、周りに頼れる人がいなくなってしまうんですよね。気づくと誰も自分をサポートしてくれない状況になってしまう。チームワークが本当に大事だと痛感していたからこそ、社長が打ち出した新たな方針に共感しました」(情野さん)
自分たちの職場に誇りを持つ人が増えた
社員が自ら考えて動く組織になったことで、経営陣や管理職の負担が大きく軽減しているという一面もある。隅田さんは「対外発信や社員との面談に集中できるようになった」と話し、中村さんは「自分の仕事をある程度手放すことができるようになり、1か月の育児休暇を取っても業務は滞りなく進んだ」と笑顔で語る。
最近の隅田さんは、メンバーからの提案に驚いたり感心したりすることも増えてきたという。
「営業二課の事例では、地域貢献への提案がメンバーから出てくるようになりました。北海道や東北の拠点では地域の農家さんとの長い付き合いがあります。そのお付き合いでいただいた農産物を、地域の保育園など子ども関連の施設に寄付したいという提案が上がったんです。他には『地元のお祭りに参加して芋煮会を開催したい!』というアイデアもありましたね」(隅田さん)
自分たちの仕事の意義と向き合い、ポジティブに提案する。そんな姿が全社で見られるようになり、今では業務改善の提案も日常的に寄せられるようになった。
「2008年当時と比べて、働く人たちの顔は明らかに変わったと感じます。自分たちの職場に誇りを持つ人が増えたと思うんです。これからも、社員みんなで家族に誇れる仕事をしてほしいと思っています」(隅田さん)

一人ひとりの意見をじっくりと聞き、期待して任せる。トップダウンではなく社員の自発的な行動に委ね、結果的に大きな成果を生み出していく。そんなサイクルを実現した隅田鋲螺製作所は、これからも社会の変化に柔軟に対応していくだろう。
WRITING:多田慎介
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります
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