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人に教える喜びや自身の成長を実感できる職場へ 障がい者スタッフが、障がい者新人スタッフを育成する「チューター制度」の導入

アルティウスリンク株式会社

取り組みの概要
アルティウスリンクでは2016年に障がい者雇用専門部署「事務サポートユニット」を立ち上げ、現在600名以上の障がいのあるメンバーが、コンタクトセンターをはじめとした全国各拠点で業務を行っている。2023年1月より、障がい者メンバーが新人の業務習得と育成、会社生活をサポートする「チューター制度」を導入。チューター要件を決めて人選を行い、「チューターの心得」を詳細に記したガイドブックを作成、理解を深めたうえで導入を開始した。現在までに4名のチューターが7名の新人を担当、「教える側」と「教えられる側」の相互成長を実現しているほか、「将来はチューターになりたい」との目標を持つメンバーも増えている。

取り組みへの思い
障がい者雇用専門部署「事務サポートユニット」では、主に印刷や事務代行、社内便など、社内の全従業員に向けた支援業務に従事してきました。「障がい者だから仕事に多少ミスがあっても仕方ないよね」と思われたくないと、皆が戦力として活躍できるスキルを磨き続けています。そんな中チューター制度を導入しましたが、現在4名のチューターが活躍しており、さまざまな嬉しい変化を感じています。チューターは、より意欲的に業務に取り組むようになり、新人にとってチューターの存在が安心感を生み定着率が上がっています。また、他のメンバーもチューターの姿に刺激され、今まで以上にお互いをサポートし活発に意見交換し合うなど、職場の雰囲気が大きく変わりました。「チューターになれるよう頑張る」との声も多く上がっています。(DE&I推進部 事務サポートユニット/前島 みよさん)

受賞のポイント
・障がい者が新人を育成するチューター制度を創設
・ガイドブックを作成し研修実施
・教える側の心理的安全性を担保
→障がい者の働きがいが向上しチューターを目指す人も増加。取り組みのさらなる拡大や他社へのナレッジ共有に期待。

障がい者メンバーに新人を任せることで、双方の可能性を広げたい

コンタクトセンター事業やバックオフィス事業など、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)を手掛けるアルティウスリンク。2016年に障がい者雇用専門部署「事務サポートユニット」を立ち上げ、主要拠点には障がい者職業生活相談員を配置したり、障がいに起因する通院休暇制度を設けたりするなど、障がい者が働きやすい職場づくりに注力している。

事務サポートユニットではこれまで、新人が入社したときにはユニットの管理者が導入教育を行っていた。現場で働く障がい者メンバーが新人にダイレクトに教えると、障がい特性や個々の相性などから、人間関係が悪化するケースがあるためだ。しかし、管理者である前島 みよさんは、徐々に「実業務についてのレクチャーはメンバーに任せたほうがいいのではないか」と思うようになったという。

「実業務を担当している人が直接教えたほうが、一人ひとりにきめ細かいフォローをしながら、より実際の業務に即したサポートができると思ったのです。近くで働く先輩社員がチューター役を担うことで、不安を抱える新人が安心してスムーズに仕事を覚えられるだろうと考えました。さらには、先輩社員がレクチャーしている姿を見て、人に教えるコツや心構えの理解が進めば、他のメンバーもその役割を担えるようになるのではないか…とも思いました」(前島さん)

チューターとなるメンバーの心理的安全性確保に注力

懸念材料は、教える側・教えられる側どちらも障がいがあるからこそ、特に教える側のメンバーが負担を背負ってしまうのではないか、という点だった。

「当ユニットに所属する障がい者のうち、約7割が精神的な障がいのあるメンバー。特性として、意思の疎通がうまく図れずに人間関係のトラブルにつながったり、その日のコンディションによっては業務がうまく進められずイライラした態度が表に出てしまったりする傾向があります。心が大きく揺れたり、不安感が強くなったりしたときには「認知のゆがみ」※1が強く現れ、管理者である私たちにも、強い感情や攻撃的な言葉を投げかけることもあり、管理者であっても心理的な負担を感じる人が少なくありませんでした。チューター制度を導入したら、これらを今度はチューターが感じてしまうことになり、彼らの心理的負担になるのではとの懸念がありました。ただ、サポート体制を十分に整え、懸念点も含めその事実をチューターにしっかり説明して腹落ちしてもらえれば、安心して新しい役割・キャリアに挑戦してくれるはず。そして心理的安全性が確保できれば、チューターの経験が彼らの絶好の成長の機会になると思えました」(DE&I推進部 事務サポートユニット長/村上 美方子さん)

※1.「認知のゆがみ」とは、同じ出来事や光景に遭遇しても個々の認知の仕方によって変わる物事の捉え方や考え方において、「事実と異なる悪い方向」に考えて不安になる、イライラしてしまう等の考え方のパターンを総称した心理学用語。誰にでも起こりうるもの。

左から、DE&I推進部 事務サポートユニット/前島 みよさん、DE&I推進部 事務サポートユニット長/村上 美方子さん

懸念を払拭すべく、導入準備は入念に行った。まずは管理者の経験値から想定されるトラブルを洗い出し、「トラブルの大小を問わずに管理者が巻き取って対応する」という前提のもと、具体的な制度を設計。管理者がチューターとこまめに連携を図り、対応策のヒントや提案を示し、面談を通じてチューター自身の取組みや成果を評価、フィードバックを行うという体制を決めた。

その後、チューター候補者のいる部署に新人スタッフ1名の入社があったことから、まずは1組のトライアル運用をスタート。その後9カ月の間に、1名入社するごとに1組ずつ増やして計4組のトライアルを行い、その実績を踏まえて2023年1月に正式に「チューター制度」を導入した。

正式導入前には、業務習得の進め方からチューターの心構え、入社直後の新人スタッフならではの特徴、教え方のコツ、コミュニケーションの取り方など、チューターがいつでも読んで振り返ることができる「障がい者スタッフの育成のためのチューターガイドブック」を作成。このガイドブックを基に、チューター全員を集めた半日の研修を行い、チューターについてしっかり理解してもらった。そして研修では、「どんな些細なことでも管理者に相談してください」「管理者がついているので安心して活動してください」と強調。チューターに安心感を持ってもらうことに力を入れたという。

チューター向けガイドブックで「認知のゆがみ」を詳しく解説

ガイドブック作成には特に力を入れ、文字だけではなく4コマ漫画を加えるなど読み手のわかりやすさやリアルな表現を心掛けて作り込んだ。そして最大のポイントは、「認知のゆがみ」についての解説を入れた点だ。

障がいのある方は、「認知のゆがみ」の頻度が多かったり、より極端に強く、ときに攻撃的な現れ方をしたりする傾向があるという。

「これまでは、『認知のゆがみ』についてはメンバーには伝えず、私たち管理者がそれを理解した上で、誤解が生まれない接し方や、心を紐解くサポートをしていました。しかし、管理者でさえもメンタルに影響が出る局面が何度もあったので、慣れない環境下で働く新人に起こりやすい『認知のゆがみ』からチューターの心を守りたいという思いで踏み込むことにしました」(村上さん)

「認知のゆがみ」についての説明と、起こりうる事象をガイドブックに載せ、研修で時間をしっかりと使って説明し、「もしもそういう状況が起きても自分を責める必要はない、私たちが責任をもつから安心して」と何度も伝えた。もしも何かトラブルが起きたとき、「認知のゆがみ」が招いたことなのだとチューター自身が理解できれば、チューターの心理的負担を緩和できる。これが、今回のチューター制度における「心理的安全の確保」の一つになっている。

実際に作成した障がい者スタッフの育成のためのチューターガイドブック

チューター、新人だけでなく周りのメンバーも刺激を受け、組織が活性化

チューターは希望者を募るのではなく、管理者が選抜している。業務理解や推進ができるだけではなく、自分の障がい特性を理解して行動しているか、職場の人間関係が円滑で相手の気持ちや障がい特性に配慮したコミュニケーションを日頃からとっているか、勤怠が安定しているか、フルタイム勤務をしているかなど、あらゆる角度から整理して、ユニット内にオープンにしている。

「候補者と面談して『こんな方が新しく入社するのでチューターをお任せしたいが、大丈夫ですか』と意思確認をしています」(前島さん)

チューター制度導入後に退職率が低下

現在までに、チューター4名が新人社員7名を育成し、もともと高いユニットの定着率は2022年から2023年にかけて0.5%さらに向上し、98.68%になっている(退職率1.32% / 2023年8月末時点)。

「4人のチューターは安定的に業務に取り組んでくれています。彼らはどちらかというと一歩引いて周囲を尊重する控え目なタイプでしたが、チューターになって以降は積極的に周りを引っ張るようなアクションが増え、仕事への意識やモチベーションの高まりも感じています。人に教えるために、業務理解をより一層深めようと努力するなど、責任や難しさを感じながらも意欲的に取り組んでいる姿に頼もしさを覚えています」(村上さん)

チューターとして活躍する池田さんは、「新人を教えることで、ともに気づきが得られればいいなと思い引き受けた」と話す。

「ガイドブックの内容がとても詳細かつ具体的で、教える際の大事な指針になっています。研修の際にこのガイドブックに沿ってやればいいんだとわかったので、自信がつきました。これまでは、社歴も長く仕事にも慣れていたので、流れ作業的に取り組んでいる部分もありました。でも、教えたことの基本に忠実に取り組んでいる新人の姿を見て、普段の自分を振り返るきっかけになりました。教えるというよりも『得るもの』のほうが大きく、刺激になっています」(池田さん)

池田さんから仕事を教わった、新入社員の濱田さんは「面接の段階でチューター制度があることを聞きました。チューターの存在は、新しい環境で仕事を覚えるうえで安心できそうと感じていた」と話す。

「これまでいくつかの会社で働いてきましたが、『あの先輩が言っていることと、この先輩が言っていることが違う』という場面に何度も出くわしました。1人の先輩の言うことに従った結果、別の先輩から指摘を受けることも多々ありましたが、チューターがついてくれたら、そのような事態が回避できるのでありがたいと思いました。実際、チューターの池田さんはどんなに忙しい時も優しく、丁寧に指導してくれるし、常にフォローしてくれます。池田さんの気配りのおかげで、気持ちよく働けています」(濱田さん)

「ジョブチューター」という新たな役割を設置、チューター候補を増やしていきたい

なお、想定外の嬉しい変化として、チューターでもなく新人でもない、他のメンバーたちにもいい影響が現れている。

「チューターの頑張り、新人の成長を目の当たりにして、今まで以上にお互いをサポートし、積極的に意見交換し合うなど、ユニットの雰囲気が大きく変わったと感じます。また、『私もいつかチューターをやってみたい』と言ってくるメンバーが複数出てきています。彼らの中で、チューターがちょっとした憧れの存在になっていて、皆のモチベーション向上にもつながっていると感じます」(村上さん)

このように、チューター制度は想定以上の効果を発揮しているものの、メンバーの誰もがチューターを担えるものではない。これは、業務経験・スキルだけではなく、コミュニケーションなどさまざまな要件が必要となるからだ。そこで、チューターを目指す全てのメンバーが挑戦できる環境、裾野を広げる職場を用意するため、新たな役割「ジョブチューター」を設置した。

「ジョブチューター」は、業務の一部など小さなところから「人に教える」挑戦をしてもらい、徐々にチューターとしての要件を満たしてもらうことを狙っている。「チューター」が新人の会社生活全体のサポートと業務スキルの育成を行い、「ジョブチューター」は、新人に限定せずに得意な業務を教えるという形で役割を切り分けている。

「障がいのある方々は、自分が誰かに手を貸す、誰かを助けるという経験をあまりしてこなかった人が少なくありません。ジョブチューターとして、何か小さなことでも任されたときの喜びは大きいはずであり、将来に明るい展望を持ってくれるようになるはず。2023年7月以降、計8名がジョブチューターを経験しています。実際に、“教える相手の特性を考えながら臨機応変に対応できるようになってきた”、“教わる側から教える側になったと自分の立場の変化を感じた”など成長を実感する声や、“信頼されているのかなという嬉しさがある”という声があがっている。これからも本人のやる気や頑張りが、チューターにつながっていくような道を、具体的に示せるような仕組みや体制を考えています」(村上さん)

(参考・アルティウスリンク PRTIMES STORY:https://prtimes.jp/story/detail/YxR02lSaLEb

WRITING:伊藤理子
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

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