アルバムを利く〜その2
david bowie 「LOW」 1977年
LAW(法律)ではなくLOW(意気消沈)。ぼくがロックを聴き始めた90年代はデビットボウイの最後の名作はこの「LOW」であとのアルバムはぜんぶゴミだという評価になっていた。
その評価を信じてぼくはアナログレコードを買ってみたけど何が良いんだかさっぱりわかんなかった。レコードのA面はピコピコしたシンセサイザーが鳴る騒々しいポップスで、包丁で叩き切ったような断片的な歌詞は何を歌ってるのかさっぱりわかんなかった。B面になると一転してクラシックみたいな曲がずっと続く。しかも歌詞もない!
音楽誌レコードコレクターズのアルバム評には「聞き込むほどに背筋に戦慄がはしる」と書いてあったけど、何度聞いてもどこにもなにも走らなかった。
そのあと実家を出て一人暮らしを始めるときに500枚のレコードと一緒にこのアルバムも叩き売ってしまったけど、関西に来てからふとまた聞いてみたくなってこんどはCDを買った。久しぶりに聴いたアルバムの印象は以前とはだいぶ違った。
アルバムはインストナンバー①speed of lifeで幕を開ける。ピッチが下がっていくアナログシンセサイザーのフレーズが面白い。ハードなエレキギターやストリングス風のシンセが入ったりして短い演奏時間の中にこのアルバムの特徴をぎゅっと詰めたようなナンバーだ。ぼくはこれは慌ただしい現代の都会生活を表現した曲なのかなと思う。
不吉な感じのする②breaking glassを経て
③what in the worldはイギーポップとのデュエット。チープなシンセサイザーの背景音はユーモラスだが溺れた者が水を呑む音にも聞こえる。
レコードA面最後の⑦a new career in a new townでボウイはそんな世界からの脱出を試みる。カントリーブルースっぽいハーモニカの響きは都会の喧騒からの訣別みたいだ。
しかし脱出した先にあるのは楽園でも新天地でもない。それがこのアルバムのすごいところ。
B面は壁のむこうの世界。B①Warszawaはシンセサイザーがクラシカルで陰鬱な景色を描き出す。色で言ったら灰色だろう。ヨーロッパの終着駅である東欧。歴史に翻弄された土地。収容所に送られる人々。後半のボーカルは英語でもないし何語でもない。何語でもないし何も意味していないから、空耳アワー的にいろんな言葉に聞こえてくる。それこそがボウイの狙いなのだろう。
B③weeping wallはユダヤ教の聖蹟の名だが、ドイツを東西に二分していたあの壁のことでもあるのだろう。ボウイがこの作品を録音した1976年のベルリンには壁は実在していたのだ。
ラストのB④subteraneansもインストゥルメンタルだがまた空耳ボーカルが聞こえてくる。
「share bride faillin star
caroline, caroline,
caroline share me,
shirley shirly shirley own…」
キャロラインが女性の名だとすればB面冒頭に聞こえる「mario」という言葉はマリオ、男の名かもしれない。マリオとキャロラインはレコードB面の始めと終わりに離れ離れに置かれ、呼び合うが決して出会えない。ふたりは何者なんだろう?あるいはその名前はコードネームでふたりは西側から潜入したスパイなのかもしれない。だが壁のむこう側の世界に脱出口はない。
もういちどアルバムの最初から聴いてみる。アナログレコードでいうA面は自由な西側の世界だ。だがここで描かれる自由はカーペットの上に怖い絵を描いたり(breaking glass)アクセルを踏み込んで車をクラッシュさせる(always clashing in the same car)ような自由でしかない。そうでなければ暗い部屋でひとりエレクトリックブルーに沈み込んでいく(sound and vision)しかないのだ。
あるいはこれはぜんぶぼくの勘違いで、ボウイはただ仕上がった曲を思わせぶりにアルバムに放り込んだだけなのかもしれない。そこには何の意味もないのかもしれない。
わからない。わからないからぼくは折りにふれてこのアルバムを聞いてしまう。何度も何度も。
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