いつか観た映画·五味川純平原作、山本薩夫監督『戦争と人間』(全3部作、1970~1974年)
映画『戦争と人間』は、五味川純平の原作小説を山本薩夫が監督した、戦争大河映画である。1931年の満州事変から、1939年のノモンハン事件までの時代を生きたさまざまな人々の生と死を、壮大なスケールで描く。第一部「運命の序曲」(197分)、第二部「愛と悲しみの山河」(179分)、第三部「完結篇」(187分)と、その長さは、合計9時間23分にもわたる。
この映画の中で、吉永小百合は、満州利権を食い物にする「伍代財閥」の創始者・伍代由介の次女・伍代順子(よりこ)を演じる。
順子は、財閥の娘でありながら、左翼の運動家だった標耕平(山本圭)に惹かれ、やがて2人は結婚する。
財閥の娘が左翼の運動家に恋をする、というのは、いささか非現実的な設定のような気もするが、吉永小百合だと、それが不自然ではないから、不思議である。
第三部「完結編」は、この標耕平(山本圭)と、伍代財閥の次男で、やはり左翼思想にシンパシーを持つ伍代俊介(北大路欣也)を軸に、ストーリーが展開する。
この映画の中での吉永小百合の登場場面は、それほど多くはない。
だが、印象的な場面がある。
標耕平(山本)は、危険思想の持ち主として逮捕され、拷問を受けたあげく、軍隊に入隊させられ、満州に送られる。
伍代家と決別し、貧しい人たちを助けるためにセツルメント活動をしていた順子(吉永)のもとに、ある日、夫・耕平の戦死の知らせが届く。
耕平の戦死は、再び会えると信じていた順子にとって大変な衝撃だったが、それでも、その悲しみをこらえてセツルメント活動を続けていた。
ところがある日、順子のもとに突然憲兵隊がやってきて、家宅捜索をはじめる。耕平に関するいっさいの資料を押収するためである。その中には、耕平が戦地から順子に宛てて書いた手紙も含まれていた。
それらをいっさいがっさい持っていこうとする憲兵隊の2人。
「あなた方はどうして今ごろになって、戦死した人のことを調べようとなさるんですか!?」順子が問い詰める。
その問いかけに答えない憲兵は、やがて書棚から一通の手紙を見つける。軍の検閲を受けていない、耕平からの手紙である。
「何が書いてあるんだ!読んでみろ!…読めんのか!」
順子はやがて口を開く。
順子は、その手紙を、そらんじていたのだ。
そこには、軍隊の理不尽さに対する批判と、この戦争に対して自分のとるべき態度についての耕平の思いが、格調高い文章でつづられていた。
それを一言一句、憲兵隊の2人に聞かせる順子。
軍隊の理不尽さに対する痛烈な批判を聞かされる憲兵は、正論をつかれてバツが悪くなったのか、「やめろー!やめんか!」と順子を怒鳴りつけるが、それでも順子はやめることなく、耕平の手紙の内容を、一言一句、正確に語り続ける。
この場面は、見ている者の胸を打たずにはいられない。
なぜなら、順子が毎日毎日、くり返しくり返し、耕平からの手紙を読み返していたことがこの場面からわかるからである。耕平に対する順子の愛情の深さが、この場面を通じて知らされる。
そして順子は耕平に代わって、耕平の思いを憲兵たちにぶつけるのである。
このあと憲兵は、耕平が戦死しておらず、軍隊を脱走して抗日中国軍と合流したことを順子に告げる。耕平は「国賊」となったというのである。
耕平さんが、生きてる!
たとえ「国賊」と言われても、そして、もしそのために一生会えなくなったとしても、耕平さんは、世界のどこかで、生きているのだ!
そこに、順子は生きる希望を見いだすのである。
憲兵が帰ったあと、順子は夜空に向かって叫ぶ。
「耕平さ~ん!!!」
この一連の場面の吉永小百合の芝居はすばらしく、表情は本当に美しい。
数ある主演作品でもなく、群像劇の中の1人として出演しているにすぎないこの映画を、ある企画で吉永小百合自身がベスト20のうちの1つに選んだのは、この場面によるところが大きいのではないか、と、勝手に想像している。