ハンドサイン
この4月の娘の小学生の入学式のとき、クラスごとに、児童に加えて保護者もまじえて集合写真を撮ることになった。
最初は、かしこまった感じの写真を撮ったのだが、カメラマンがくだけた感じの写真を最後に撮りたかったらしく、
「じゃあみなさんでピースサインをしましょう!」
と声をかけた。ま、写真のポーズといえば、人差し指と中指を立ててVの字のようにかたどったピースサインがおなじみである。
そのとき、私はあることを思い出した。私が尊敬する映画作家の大林宣彦監督の写真のことである。
大林宣彦監督の写真、とくに晩年の写真を見ると、ピースサインとは異なるハンドサインをいつもしている。それは、中指と薬指を折り曲げ、親指と人差し指と小指を立てるというものである。
私と同じオジさんたちだけにわかるたとえでいうと、楳図かずお先生の『まことちゃん』に出てくる「サバラ」をするときの手の形である(古いねどうも)。
どうしてこのハンドサインを大林監督が好んでいたかというと、これは、「I Love You」を意味するハンドサインだからなのだそうだ。常識なのかもしれないのだが、私のような常識知らずは、それを聞いて初めてその意味を知ったのである。
ではピースサインはどうか?ピースサインにはもちろんいろいろな意味があるのだが、Vサインという言い方をすることがある。VictoryのVである。とくに第二次世界大戦中の連合軍側の陣営においては、「勝利 (victory)」を意味する「V」の字を象った仕草として広く用いられたという。もちろんいまはそんな意味は忘れられ、写真を撮られるときのお決まりのポーズとして定着している。
ただひとたびその事実を知ってしまうと、なんとなくピースサインが使いづらくなる。私はもともと写真に写るときはハンドサインをしないのだけれど、もしハンドサインを求められた場合には、ピースサインではなくまことちゃんの「サバラ」のサイン、つまり「I Love You」のサインをしようと心に決めていたのである。
で、入学式の集合写真のときにその機会がついに訪れた。みんながピースサインをしているなかで、たぶん私だけが「サバラ」のハンドサインをした。これは私だけのひそかな抵抗だと自負した。
先日、知人があるグループの集合写真を送ってくれた。そこには老若男女の誰もが楽しげな表情で写っている。そしてその多くはその楽しい気持ちをピースサインであらわしている。
ところがその中に一人だけ、「I Love You」のサインをしている若い男性がいた。ここにいたか!と私は嬉しくなった。
はたしてその彼は、そのハンドサインの意味を知っていたのか?それとも『まことちゃん』の「サバラ」のときの手の形という記憶があったのか(そんなはずはない)、たまたまなのか、よくわからないが、いずれにしても、私みたいなオジさんがよく使う
「たいしたもんだ!」
という言葉を投げかけたくなったのである。