読書メモ・頭木弘樹『食べることと出すこと』(医学書院、2020年)
頭木弘樹さんの『食べることと出すこと』(医学書院、2020年)は、大学生のころに潰瘍性大腸炎を発症し、今も闘病を続けている頭木さんの、闘病記、というよりも、闘病を通じた思索、というべき本である。
「潰瘍性大腸炎」は、この国の首相を辞任に追い込んだ病気として、世間で一躍注目されるようになった。大腸の粘膜が炎症を起こして、潰瘍ができる難病指定されている病気なのだが、実際のところ、どのような病気なのかがあまり知られていない。本書は当事者としてその体験と思索を書いている。
潰瘍性大腸炎の当事者だけでなく、まったく身に覚えのない形で発症し、いつ治るかもわからない病気を抱えている人にとっては、じつに共感できる本なのではないだろうか。というか、少なくとも私は共感した。
たとえばこんな話。
「病は気から」という言葉がある。病気をしている人たちが、いかにも病気になりそうな性格だ、と思えることがある。
「潰瘍性大腸炎の人たちは、みんな同じような性格をしている」といわれたことがある著者は、最初はピンとこなかったが、やがて闘病を続けているうちに、自分もだんだんそういう性格になっていったことに気づく。
「つまり、そういう性格だから、その病気になったのではなく、その病気だから、そういう性格になったのである。病気によって形成された性格であるため、その性格を見ると、その病気になりそうに見えるのだ。「病は気から」というが、「気は病から」でもあるのだ」(252頁)。
潰瘍性大腸炎を患った著者は、「病気になる前とは、別人のようになってしまった」と述懐している。
私も、数年前に大病を患って以来、別人とまではいかなくとも、ものの考え方はかなり変わっていった。
病気には休みがない(199頁)、というのもよくわかる。「「病気であることを忘れる」という瞬間がないということが、とても苦しい」と頭木さんは述べている。
頭木さんが、ある医師とプライベートで会って話をしたとき、
「自分だけがたいへんなようなつもりでいる。誰でもたいへんなことがあるのに、それがわかっていない」
そう言って、その医師はジョッキでビールを美味しそうに飲んだ、という。
たしかに誰でもたいへんなことがある。しかしたとえ医師のほうがはるかにたいへんだったとしても、勤務時間を終えれば、ビールを飲んでひと息つける。
しかし慢性痛の人の場合は、痛さから逃れてひと息つくことはできない。休みがないということは、どれほど人を消耗させ絶望させるかしれない、と頭木さんは述べている。
私は慢性痛ではないのだが、痛みに休みがない、という感覚は、よくわかる。いま悩まされているのは、薬の副作用による足の痛みである。足を一歩一歩踏み出すだけで足の裏に激痛が走る。外からは何もわからないかもしれないが、その痛みから逃れられないというのはかなり辛く、適度に薬の服用を休むことでなんとかやり過ごしている。
この本のよさは、楽観的でも悲観的でもなく、思索的であるという点にある。頭木さんといえば「絶望」という言葉がただちに連想されるが、「絶望」からの「思索」というのは、ある種の強さを身にまとう手段でもあると思う。
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