その日 一羽のインコが 天をかけていった 彼はかつて 共にいたインコの名も一緒に 連れていった そして彼の名は 隣にいたインコに 引き継がれ 彼らの名はひとつずつ ここに残り むこうにゆく 姿も名も一度にうしなって 人が寂しくならないように ここにいる彼女のうたに とどまっている
名まえをつけて わたしのこと分かったつもりで わたしは その名まえにおさまらないんだって わたしが この世界で少しも動かなくなったとき 名まえをつけて どこかの石にきざみこんでおけばいい
要塞の背に乗って 晴ればれとした海原をのぞんだ 優しい風が吹いてくる どうしてって海に聞いてもしょうがない かえしてって海に言ってもしょうがない あの時この場所にいなかったわたしと 居合わせたあなたの間に どんな境界があったというのか 海よ、教えてくれ
昭和54年からやってるの 箕面に生まれて 池田で喫茶店をひらいた人 ミックスジュースは りんごと桃と バナナとみかん それから牛乳でできている 常連さんは 信頼されてるお花係りです はい これおまけ 決まった金額だけのサービスに ちょっとあらがう店の主 おいしいかい おいしいです そりゃあよかった ゆっくりしていきなさいね かつての石橋商店街 豆腐屋さんに魚屋さん おいしい天ぷらをその場であげるおじいさん 今はみんななくなったね もうずいぶんと前だけど 陽のひか
どうしたら逃れられるだろう 今この瞬間から この空間から どうしてわたしはここにいるんだろう 今この時間に この国のこの時代に ふと清々しい青空を見上げたとき かつて死にたくないのに 死んでしまったあなたを思った 今ここにあなたを縛る言葉はない あなたが逃れたくて仕方なかった 無責任な言葉も どの時代にも そこに生きているあなたがいて 懸命にもがいている あなたを縛りつけていた 目に見えない檻は 何十年後の世界では 歴史の1ページみたいに語られている だけどそれが
どちらかというとすぐに行動できる方ではない。いろんな人に会うとか、いろんな場所にいくとか、億劫である。 ただ、ときどき、どうしようもなく強い思いに動かされることがある。 こんなことするとは思ってなかったよ、と知人に言われる。正直、自分でもこんなことするとは思ってなかったよ、と思う。 これは一体なんの衝動なんだろう。 4月から住み慣れた場所を離れて、新しい生活をはじめた。この金曜日に、買い物しがてら近所を散策した。 ほうれん草と油揚げをひっさげて、このまま帰るのもなぁ…
君はいつものように 久しぶりって笑ってた とても静かに穏やかに でも かなしくて くやしくて 自分を責めて 相手を責めて そんな自分が嫌になって 君は今 ひとりたたかっている 優しい言葉にも 励ましにも ありがとうと微笑むけれど 君は今 ひとりたたかっている そばにいられなくても いつだって味方でいる 混乱で涙もなく 壮絶なたたかいをして 光を見出そうとしてる 深い悲しみを負った背中に 理不尽を引き受けた心に つらいよね 分かるよその気持ち なんて生ぬる
人生に 真っ白いセーターを 編んでやることにした 真っ白い糸を買ってきて 慣れない手つきで編んでゆく 途中なんどか失敗して やり直すこともあった けれども 順調に編んでいた ある日 真っ白い糸がなくなった 買いに走っても どこにもない そんなはずはない! そんなはずはない! どんなに騒いでわめいても 世界に真っ白い糸はもうなかった 次の糸が見つからない 他の色にしたくない もうおしまいだ セーターは未完成で終わるんだ この人生とともに 糸…糸… 次の糸…ど
わたしが生まれた時 父は父であった 母は母であった 祖父は祖父であった 祖母は祖母であった わたしが生まれる前 父母となる人はわたしであった 父母となる人が生まれる前 祖父母となる人はわたしであった わたしのもとに命が宿ったら 「わたし」をその子に譲り渡して わたしは母になるのだろうか そうじゃなかったわたし 決してどこかへ行かないで 祖父母の古いアルバムには 祖父母がわたしの時がある 父母の古いアルバムには 父母がわたしの時がある それを確かめて わたしも大
朝には朝の音がある 澄んだ空気をすぅと横切る 働きもののトラック やけにはしゃいだスズメのおしゃべり とばりの上がる音がする 昼には昼の音がある ごちゃ混ぜになった街の雑踏 近くて遠い会話たち せわしない道路の上に 場違いにのんきなハトの歌 今が満ちていく音がする 夕方には夕方の音がある 茜の色が深まるごと 不思議と響く子らの声 いろんなものが帰っていく ひとつひとつの軒先で 命を育む音がする 夜には夜の音がある 夜ごとささやく虫の声 星を揺らす空の風 しんしん みし
わたしの名前はクリスマスローズ ひとはそう呼んでくれるわ 下を向いて咲くのよ 雨とか雪とか大変だもの あなたの目からは 首すじばかりが見えて 見栄えが悪いかもしれないわね でも わたしは地面にすむ たくさんの生き物たちに向けて咲いているのよ このまえ 何匹かのみみずがわたしを見上げて 花見をしていたわ 風邪をひいていないといいけれど 春が近づいて たくさんの虫たちが ふかふかの土の上を歩いていくわ 連なって咲く わたしの下を アーケードのようにして 彼らはわた
軽くなった君の手を 最後ににぎって 重くて切ない ポンと肩におかれた君の重さが 永遠になった日 あるじをなくしたエプロンの 悲しみに寄りそう椅子を見ていた 薄暗い台所で 変わらない玄関先で いつもの声を待っている 君の不在を確かめるまで 勢力を保ったまま 熱いものが もうすぐ心臓あたりに上陸します とんぼに乗ってお経を聞きに来た 信心深いたましい また会えたねってみんなで笑う 宇宙のへりで いつか君と待ち合わせ
宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』がアカデミー賞を受賞した。いろんな考察や解釈が出ていて、みんなそれぞれなるほどなぁと思うのである。 しかし、ひとつどうしても、くだらないけど共有したいことがある。それは、インコの鼻息は荒いのだ!ということ。 作中に、たくさんのインコ(恐らくセキセイインコ)が登場するが、とにかく鼻息が荒い。そして、それを見たとき笑いが止まらなかった。 それめっちゃ分かります! うちにはセキセイインコが1羽いらっしゃる。12歳のおじいさんだが、いまだ声
先日、樽見鉄道に乗って根尾谷断層を見に行きました。震災や記憶などさまざまなことを考えました。 ※震災の被害を伝える画像などを載せています。 濃尾地震 ゴォォォというすさまじい地鳴り 明治24年(1891年)10月28日午前6時38分 根尾谷を震源とする地震(濃尾地震)が発生。 推定マグニチュード8.0、震度7 日本内陸部で発生した最大規模の直下型地震であった。 (関東大震災:M7.9、阪神淡路大震災:M7.2、能登半島地震:M7.6) 東海地方を中心に 全国14万2千
十数年ぶりに外に出たわ あの子大きくなったわね 三人官女がうふふと 楽しく話しているのを目撃 え、それどうしたの? 今はやりのネイルアート、昨日やってもらったの! え~かわいい~♡ 久々の外は気持ちがいいね そうですわね ふふふ 優雅なお二人を発見 1年前は、きれいな雛あられを一緒に食べたね。 それ、わたくし食べていませんけど…? あ…あれ?(汗) 食べていませんけれど?? 実家を離れて十年以上 久しぶりに戻ってきました。 今年は全員そろって雛祭りを迎えられ
ひとり電車に乗って オランダ最後の旅に出る レンガの赤 運河の緑 光が反射して 何もかもが美しい ブルーで有名なこの街に ふさわしい澄んだ空 黄色いチーズが並ぶ 広場の一角で もう二度と来ることのない 街の美しさに 射ぬかれた さようなら この街は わたしが見ていなくても 存在するし わたしが見ていなくても 美しいままだ