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食事処れとると:弐

「今から710号室に行ってみません?」

「それもいいけど、
蔵之助さんに現代の生活の仕組みを
知ってもらうのも悪くないと思わない?」

「蔵之助さん、
早く元の時代に帰りたいですか?」

「いや、甲本さんの言う様に、
見聞を広めてから、
帰る算段を考える方が、おいらいいと思うぜ」

「分かりました。
じゃあ、家具店とか見て回ります?」

「宮大工の創造力を鍛える見聞になりそうね。
私はこれから当直だから、
二人で行って来て頂戴」

「蔵之助さん、私と二人でもいいですか?」

「あぁ、おいらは構わないけど?」

「酒咲さん、なんでぇ、
この車輪が付いたでかい鉄器は?」

「てっき? ああ鉄の塊ってことですね。
ゼストスパークっていうんですよ」

「ぜすとすぱあく?
見た目通りの厳つい名前が付いてるじゃねぇか。
ふむふむ、ぜすとすぱあく、と」

「じゃあ、家具屋に出発しましょう!」

 酒咲さんは、はるみ苑の時は、
白装束に桜色の衣をふわっと羽織っていた。
今は白くて清潔でぱりっとした雰囲気の衣と
黒地の腰巻を着用している。
 おいら、本当は帰れる方法を知ってるんだ。
でも、何度もこの世界と
元の世界とを行き来することは叶わないだろう。
公に認められれば、
素晴らしい文化交流だが、
明らかにこの世界に住む住人の方が
情報量でおいらたちを上回ってる。
それはとても危険であり、
悟られた時点でほぼ終わり。
酒咲さんが操るぜすとすぱあくに乗りながら、
流れる風景を
ぼけっと見つめながら漠然と思った。

「ぉお! 職人の粋を集めた様な展示場だな。
あの穴が空いた机はどう使うんだい?」

「あぁ、あれはこたつって言って、
布団を被せて板を敷いて、
その中に潜るんです」

「へぇ、発想も1300年越えだな。
ふむふむ、こたつ、こたつ、と」

「なぁ、酒咲さん、
この時代の食文化についても
ご教授願えねぇか?」

「食文化……、
蔵之助さんの時代の主食はなんですか?」

「おいらたちの身分では黒米が
碗一杯食えれば満足かな?」

「そうですか、
だったらレトルト食品なんかを
蔵之助さんの時代に
持ち帰ることが出来たら
重宝されるでしょうね」

「知らない単語ばかりが出過ぎて
頭が破裂しそうだ。
何々? れとるとって言ったっけ?
そいつはどんな食べ物なんでぇ?」

「お湯で温めて、
米にかけるのが主流なんですよ。
試しに何種類か買ってみて、
はるみ苑で実際に作ってみます?」

「いいのかい?
そんな厚かましいことして?」

「はるみ苑はお昼過ぎには、
利用者さんの集いはお開きになりますから、
台所は自由に使えますよ」

「お、おぅ、
じゃあ、やってみようか、れとると料理」

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