〚鰯の鱗の国の姫〛Ⅰ #シロクマ文芸部 #花吹雪
花吹雪のように舞い降りる
〝鰯の鱗〟
いつもの朝がやってきた。
今日の天気も〝鰯雨〟。
―――シト、シト、シトと。月から降る〝鰯〟たちが、お城の庭園を跳ねていて。
〝鰯〟はとても弱いから、空気に触れると死んでしまう。〝鱗〟が、剥がれるんだって。降っては消えてを繰り返すのに、〝鰯の鱗〟だけは消えずに変わらず残っていて。知らないあいだに降り積もる〝鰯の鱗〟。
降り続ける〝鰯雨〟をみて、わたしは「明日、晴れたらいいのになあ……」って。乾いた〝鱗〟を踏みつける、―――サクッ、サククッ…って音を、おもいだしながら。
きみは、なぜ、〝鰯の鱗〟を止めたがる?
〝鰯の鱗〟はなんにだってなれる。服だって、コップだって、袋だって。家も、城も、木みたいに腐ったりしない。鉄みたいに重たくない。溶かして、色つけて、形を整える。便利じゃない。安いじゃない。みんな、助かっているじゃない。
〝鰯の鱗〟が降り積もる、わたしの国。元は土の地面だったんだって。〝鰯の鱗〟を深く掘れば、土の地面が現れる。そこには、太古の動物たちが、静かな眠りについている。
なぜ今はヒトしかいないのか? 太古の動物たちは、なぜ眠っているんだろう。〝鰯の鱗〟の秘密。きみは、知っているんでしょ?
降り続ける〝鰯雨〟。城の庭園には、〝鰯の鱗〟が降り積もる。〝鰯の鱗〟は弱いから。踏みつけられると、―――パササッ…って。崩れて、落ちて、空を舞い飛んでいく。虹に光るその粉は、空に消えずにずっと漂い続けていて。
きっとわたしたち、たくさん吸ってるよね。〝鰯の鱗〟。そうやって、わたしたちの身体は、少しずつ〝鱗《ウロコ》〟に変わっていくんだ。
きみは、どこにいる?
〝鰯の鱗〟を止めるんだって、〝鰯〟に乗ってひとりで月に向かった王子のきみは。
きみだって〝鰯の鱗〟がないと生きていけないのに。どうせなら、わたしも連れて行ってほしかった。
気付けばさっきまでの〝鰯雨〟はもう止んでいて。残った〝鰯〟は跳ねなくなった。降り積もった〝鰯の鱗〟が虹色の光を放って消えていく。
城が崩れて。
〝鰯の鱗〟でできた大地が割れて。
―――ああ
きみが〝鱗〟を止めたんだ
〝鰯の鱗〟でできたわたしの国が消え、代わりに長く明けない夜が来た。月から帰ってきた〝鰯〟には、誰も乗っていなかった。