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それでも地球は曲がってる #毎週ショートショートnote


 蟻は言った。

「地球は平面だろ? ほら、どうみたって真っ直ぐに平らじゃないか」

 その蟻は「何を馬鹿な」と言いながら忙しそうにミミズを運んで去っていった。確かに蟻の目線から見れば地球は平らだった。




 猫は言った。

「地球のことなんて知らないよ。僕らは撫でてくれる人がいればそれでいいんだ。ああ、平らなんじゃない? でも、どっちだっていいさ、結局はね」

 その猫はぐいんと背伸びをして港へ行ってしまった。確かに猫の目線から見れば地球などどうでもよかった。




 鯨は言った。

「地球? 丸いとか、考えたこともなかったね。もしあれば、素敵なんだろうけど。結局僕ら海にいる者にはどうでもいいことさ。でも本当に考えたことなかったな。丸い海なんて。海は平らだろ?」

 その鯨は歌いながら去っていった。やはり鯨の目線から見ても地球は平らだった。





 小学生は言った。

「地球は丸いに決まってるじゃん。教科書に載ってたもん」

 公園の砂場で穴を掘っていた小学生は疑うことなく言った。その手には沢山の痣が出来ていた。

「丸い地球をあなたは実際に見たの?」と問うと小学生は首を振った。首を振るが、小学生は砂を掘る手を止めなかった。

「あのね、地球が丸いって言うのは大人たちの陰謀よ。よく見ていて」

 〝大人たち〟という言葉に反応した小学生は顔を上げた。目元には新しい青い痣と涙の跡があった。わたしは持っていた卵を空中に放り上げた。小学生は卵を目で追った。卵は放物線を描いて公園の砂地に落ちて割れた。「あっ」という小学生の声が夕方の公園に響いた。

「もし地球が丸いと、下にいる人たちは卵みたいになっちゃうね?」
「うん」
「上にあるものが下に落ちるのは当たり前でしょう?」
「うん」
「地球が平らじゃないと、私たち立っていられないよね?」
「うん」
「君が掘っていたその穴。掘り続けて地球の底が抜けちゃったら、君、死ぬよ?」

 小学生は「ひゃあ!」と言って砂場から出た。

「ふふふ。嘘だよ。地球は厚い岩盤でできた一枚板だから、君がいくら掘ったって突き破れないよ」

 小学生はわたしを見ていた。もっと話したそうだった。

「もし地球の底が抜けたなら、誰を落としたい?」とわたしが問うと、小学生は俯きながら小声で「お母さん」と答えた。

「お母さん、死んじゃうよ?」
「いいよ。本当のお母さんじゃないから」

 小学生は痣だらけの腕を恥ずかしそうに隠した。わたしが痣を見ているのに気づいたようだった。だが結局小学生にとって、

〝地球が丸いか平らか〟
〝痣が増えたかどうか〟
〝新しい母はなぜ僕を打つのか〟

 などの問題はどうでもよかった。

 ただ彼は考えていた。この優しい女の人は食べるものをくれるのだろうか、寝るところは用意してくれるのだろうか、と。

「おいで、わたしの家で平らな地球について教えてあげる」

 その小学生は「地球平面説」の信奉者へと成長していった。






 宇宙人は言った。

「地球人の中に〝地球は平ら〟だと信奉する者が増えているようだね。せっかく知識も技術も発展してきていたのに、これじゃまるで中世時代に逆戻りだ」

 もう一人の宇宙人は言った。

「まったく可笑しな話だね。宇宙を開拓してきた過去の英雄達が不憫だよ」
「《それでも地球は曲がってる》」
「誰の言葉だ?」
「たらはかに」
「知らんな。だが、その通りなのかもしれん。もっとも、《曲がっているのは人間の認識》の方だがな」

 そう言って宇宙人は地球を去った。

 地球人よりも知的で平和的な生物を探しに。



[おわり]
#毎週ショートショートnote
#それでも地球は曲がってる

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