逆襲のシャーク⑥【逆シ6】
リトの街を出発し、街道を南下。<ブラッディ・シャーク>との因縁深き難破船跡をみたび訪れたアルフレッド、バート、ミオ、ミリィの一行。
更に今回は、ミオの師匠レーナも同行してくれている。頼もしい限りだ。
難破船を外からじっくりと観察する一行。と、バートが。
「あれ、なんスかね?」
船首を指差しバートが問う。そこには彫刻が施されている。劣化が進んでいるため判別しにくいが、どうやら魚の彫像のようだ。鋭い牙と大きな胸ビレを持つ魚の彫刻が、あしらわれている。
過去2回ここを訪れた際は、船をじっくり観察する機会がなく、気付かなかった。
「あれは……!? この船ひょっとして、<フライング・キラー>号!?」
ミオが大きな声を上げる。
「フライング……キラー?」
アルフレッドがその名を繰り返すと、ミオは頷きながら。
「獰猛な肉食魚であるピラニア、空を跳ぶトビウオ、それに大気中でも生存可能なトウゴロイワシを掛け合わせて造られた、<デビル・フィッシュ>の生物兵器だよ。船長の<クリムゾン・シャーク>がこの殺人魚をいたく気に入ってね。船首に意匠化したらしい」
「それって、つまり……!」
「どうりで奴らが集まる訳だよ。この船はかつての<ブラッディ・シャーク>の愛船、<フライング・キラー>号だ!」
ミオが、衝撃の事実を口にする。
「…………そう。そしてここで待っていれば、お前たちが来ると確信していた」
突然の、聴き慣れぬ女性の声。全員が声のした方を振り向くと、そこにはーーーー。
ひとりの女性が立っていた。細面の、美しい顔立ち。美人と云って良い。だがその美しさ以上に皆の注目を集める異形。それはーーーー。
髪の代わりに頭頂部から生えた、無数の触腕。一本一本がまるで意思があるかの如く蠢くそれはーーーー。吸盤を備えたそれは、まさしくイカやタコの触腕そのものであった。
「<レディ・テンタクル>……!」
「じゃあこいつが<カトル・フィッシュ>!? レーナ師匠の想像通り、<オルカ>の仇討ちに来たっスか!?」
バートの問に、だがしかし女は物憂げな視線を向け語る。
「仇討ち……と云うのとは少し違うわね。そんなことをしてあの男が喜ぶとは思えない」
「何……?」
「吟遊詩人に盗賊、魔術師に女戦士……。<ブラインド・オルカ>を斃したのはお前たちね? 彼に勝ったと云うことは、正々堂々実力で負かしたのでしょう? 小手先の小細工に、あの男が敗れるとは思えないもの」
「確かに貴女の云う通りだ。僕らは持てる技倆のすべてを尽くして<ブラインド・オルカ>に勝った」
<カトル・フィッシュ>の問い掛けに、正面から応えるアルフレッド。
「ならあの男には未練も無念も無いでしょう。私が仇討ちをする道理はないわ」
「アンタ、オイラたちのことを知ってたっスね!? 何故っスか!?」
先ほどの<カトル・フィッシュ>の言につき、バートが駄目元で問い質すと。
「<オルカ>の部下の中に、船内に隠れてて闘わなかった伏兵が居たのよ。そいつが私の許に、お前たちの情報を届けてくれたの」
意外にも答えてくれる<カトル・フィッシュ>。
「あの時か……! 船の中にまだ海賊が隠れていたっスか!」
その可能性に思い至らず、己の迂闊さを呪うバート。あの闘いの後シュナイらガヤン信者たちが船内もくまなく捜索した筈だが、その時点では既にあの場を逃げ出し、<カトル・フィッシュ>の許へ向かっていたと云う訳か。
「<オルカ>の仇討ちでないと云うなら、何故貴女はここで僕たちを待っていた? 貴女の目的は一体何だ?」
アルフレッドが核心を突いた質問をすると。
「目的……。そうね。<ブラインド・オルカ>は自身が新たな船長となって海賊団<ブラッディ・シャーク>を再起動しようと考えていた。尤もそれは彼自身の望みではなく、仲間たち皆の望みを汲んだゆえの決断だったと思うけど……。だけどあの男も死んで、もうその望みも果たせなくなった。だったらせめて、私があの男の望みを継いでやろうと思ってね」
「貴女自身が新たな船長となって、海賊団<ブラッディ・シャーク>を再興する。そう云うことか?」
「そうよ。尤も私個人としては<ブラッディ・シャーク>の再結成にも、船長と云う肩書にも興味は無いけどね」
「貴女の目的は判った。だけどそのことと、僕たちに一体どんな関係がある?」
アルフレッドが再び核心を突いた質問をする。
「……私は<オルカ>と違って人望が無いわ。私は確かに幹部の1人ではあるけれど、私が船長に名乗りを上げたところでついてくる連中は殆ど居ないでしょう。でも、皆に新船長の座を嘱望されていた<ブラインド・オルカ>を斃した冒険者たち。そいつらを私が斃したとなれば、話は変わってくる」
と、<カトル・フィッシュ>。
「なるほど。<オルカ>の仇を討ち、なおかつ自身の強さも改めてアピールする。新たな船長として皆の支持を得られると云うことか」
「呑み込みが早いわね。その通りよ。お前たちに個人的な恨みは無いけれど、<ブラッディ・シャーク>再興の礎としてここでーーーー」
<カトル・フィッシュ>の貌から表情が消え、全身から殺気が溢れ出す。
「ーーーー死んで貰うわ」
「みんな!! 散って!!!!」
<カトル・フィッシュ>の宣戦布告と同時にレーナが叫ぶ。全員がその場から離れるのと、一瞬前まで皆が居た場所を無数の触腕が襲うのが、ほぼ同時だった。
「固まっては駄目よ!! 散開し、常に動き続けて!! 奴の触腕は何処からでも襲ってくるわ!! 全方位に注意して!!!!」
レーナ師匠の的確な指示。全員が動きを止めず、<カトル>の周囲を走り続ける。
だが触腕は、まるで追尾するかのように各人を攻撃し続ける。それも一度に複数本がだ。
たまらず戦闘領域から離脱するバート。一旦触腕の攻撃範囲外に出ようと考えたのだ、が。
どれだけ離れても触腕はバートの後を追い攻撃を仕掛けてくる。
「奴の触腕は伸縮自在かよ!? しかも複数照準同時に複数本操作可能って、どんだけチートな能力だよちくしょう!!!!」
逃げ惑いながら悪態を吐き散らすバート。
「このままじゃいずれ躱せなくなる!!」
そう叫んでミリィ、回避は辞め、斧を抜いて迫り来る触腕を迎え討つ!
斧の一閃! 刃は見事触腕の一本を斬り落とす。だがーーーー。
「超速再生!!!?」
次の瞬間には断面から新たな触腕が生え、ミリィを弾き跳ばした。
「がはっっ!!!!」
「ミリィ!!!!」
ミオが悲鳴を上げる。それを見ていたバートが。
「あの速度で再生されたら、触腕を狙って敵の手数を減らす作戦も意味をなさない! なんなんだよあいつ!?」
打開策が思いつかず、焦りを隠しもせず態度に顕しているバート。
アルフレッドの《ぼやけ》も意味がない。幻影の分身体ごと飽和攻撃を浴びせられている。
「つ、強い……!!!!」
5対1の筈なのに、防戦一方となった一行。アルフレッドが絞り出すように零す。
「《爆裂火球(エクスプローシブ・ファイアボール)》!!」
ミオが魔術で作った火球を投げ付ける! が、本体に届くよりはるかに前に、触腕によって叩き落とされる!
「あの触腕、攻撃だけじゃなく防御も兼ねてやがる!!」
バートが再び悪態を吐く。
「これ、まずいんじゃないか!?」
走り続けながら、アルフレッドが現状をようやく理解する。
「あの女、<ブラインド・オルカ>より強い……!」
アルフレッドが仲間たちの無事を確認する。バート、ミオ、レーナ。辛うじて攻撃を躱し続けている。
ーーーーミリィが居ない!!
アルフレッドと同時、<カトル・フィッシュ>もそのことに気付いたようで。
「ーーーー《透明》!?」
いち早くミリィの策に気付いた<カトル>が、360度全周囲に対し触腕による刺突攻撃を行う。まるで、ウニのように。
「がっっ!!」
空中に手応え。何もない空間から血が噴き出す。《透明》の魔術が切れ、脇腹を抉られたミリィがその姿を現す。
が、ミリィは諦めない折れない。脇腹を抉られたまま前進を続け、斧の一撃を<カトル・フィッシュ>本体に叩き込む! 捨身の攻撃だ。
「ぐあっっ!!!!」
大きなダメージを負う<カトル・フィッシュ>。たまらず触腕の束がミリィに向けて殺到する。深傷を負ったミリィ、逃げられない。
が、間一髪のところで横から駆け抜けたバートがミリィの躰をかっさらい、小脇に抱えてそのまま走り去る!
追尾する<カトル・フィッシュ>の触腕が追いついて来ない。本体が負傷したことと、無関係ではないだろう。
深傷を負ったミリィをミオたちの許まで運んだバート。
「あいつの本体……ミリィが負わせた傷が癒えてない? 触腕はあっと云う間に再生したのに」
どうやら伸縮や超速再生と云った超常の能力を備えているのは、改造部位である触腕だけのようだ。ミリィのお手柄だ。
「どうやら突破口が見えたようっスよ。狙いは触腕じゃない。奴の本体っス」
「ま、あの触腕の嵐をかいくぐって、本体に攻撃を届かせることが至難であるのに変わりはないけどね」
バートとアルフレッド、肩を並べて言葉を交わす。
と、その時。バートにだけ聴こえる小声でレーナが『何か』を告げる。バート、唾をごくりと呑み込むと。
「………………やってやるっスよ」
やけくそのような、開き直ったようななんとも複雑な表情で、そうひとりごちた。
「行くっスよアルフ! ふたりで揺さぶりをかけて、何とか攻撃を奴の本体に届かせるっス!」
「え? あ、ああ」
攻め気剥き出しのバートに多少戸惑いつつも、同意するアルフレッド。
バートを先頭にその真後ろにアルフレッドが並び、ふたり同時に突撃を開始する。
左右に蛇行しながら走ることで触腕の狙いを定めさせない。躱しながら前進する。
と、後列のアルフレッドが大きく跳躍し、上から<カトル・フィッシュ>に襲い掛かる!
<カトル・フィッシュ>、触腕の束でアルフレッドを貫く!ーーーーが。
「ーーーー幻覚!?」
空中で掻き消えるアルフレッドの姿。
「莫ぁ迦! 『避け』ができない空中にわざわざ跳ぶ訳ねえだろ!」
正面から接近し、側面に回り込んだバートが悪態を吐きながらナイフを構え、眼を狙う。
ーーーーが。
<カトル・フィッシュ>が口から吐き出した黒液が、バートの顔面を直撃し視界を奪う。空振るナイフ。
「眼が! 眼が!」
どうやら何らかの毒液のようだ。顔を押さえ、悶絶するバート。
だがその隙に、正面に接近したアルフレッドが刺突の構えに入っていた。攻撃を繰り出す。
<カトル・フィッシュ>、3本の触腕をあえて貫かせてアルフレッドの攻撃を止め、彼の両側面から触腕の束で串刺しにする!
ーーーーが!
そのすべてが、正面から向かって来たアルフレッド自体が、幻覚だった。
本当のアルフレッドはーーーー。
<カトル・フィッシュ>の背後から、脳天を細刀で貫こうとしていたーーーー。
まさにその瞬間!
<カトル・フィッシュ>の全身が強烈に発光し、アルフレッドの眼を白く灼いた。
「うああっ!!!?」
眼が眩んだアルフレッド、すんでのところで狙いを外す。細刀の軌道が逸れ、空振る。
「イカ墨にホタルイカの発光、想定しておくべき能力だった! ちくしょう!!」
絶好の好機を逃し、視界を奪われ、悔しがるバート。
アルフレッドもまた、視力を奪われてしまった。簡単には回復すまい。
「……良い連携だった。知略も攻撃も見事だ。<オルカ>が負けたと云うのも、本当のことなのだろうな」
<カトル・フィッシュ>が、ふたりに向け触腕を構える。
「……だが、及ばなかったな。これで終わりだ」
そして、ふたりに触腕刺突が放たれーーーー。
闘いは、決着したのだったーーーー。