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【エ序4】インターミッション~母アザリー~

娘マリアの、15歳の誕生日ーーーー。

アザリーは、マリアに自らが実母であることを明かしていない。

アザリーとその仲間たちは、エクナ諸島全土を戦火の渦に巻き込もうと目論む巨大な悪と闘っていた。

ゆえにもしもマリアがアザリーの娘と知られれば、マリアの身にも危険が及ぶ。悪の脅威と無縁では居られない。平凡な人生など、望むべくもなくなってしまう。

だからアザリーは、マリアとの関係を秘した。

当時からアザリーには多くの協力者、仲間が居た。ベトルとエミリーのふたりもそうだ。

ふたりは恋人同士だった。いつ命を落としてもおかしくない戦場に身を置くふたりは、後悔することのないよう結婚を決意した。

それを知ったアザリーは、ふたりに戦場を離れるよう勧めた。自分たちだけが闘いに背を向け幸福になることに難色を示したふたりに、アザリーは託したのだ。

我が子マリアを。

ふたりにマリアの実の両親として、娘の幸福な人生を守ってくれるよう頼んだのだ。ベトルとエミリーはその頼みを承諾し、赤子のマリアを連れ戦場を去った。

それから15年。

アザリーは機会を見てはマリアの元を訪れた。赤の他人、両親の旧友として。《顔変え》で別の容貌を作り、自分とマリアの顔立ちがそっくりであることを隠して。

ベトルとエミリーの献身に感謝しながら、日に日に成長してゆく娘を見守り続けた。特に誕生日には毎年必ず訪れ、ベトルとエミリーとともに祝った。

あれから15年。

今年もまた、マリアの誕生日がやってきた。あの幼かった娘が、とうとう成人を迎えるのだ。

感慨もひとしお。沢山の贈り物を持って、3人の暮らすシルバン村を訪れたアザリーが眼にした光景は。

村に、多くのジェスタ信者やガヤン信者が訪れていた。この村の人間たちではない。怖らくは、近隣の街や都市から派遣されてきたのだ。

不吉な予感を覚え、アザリーはベトルたちの家へと急ぐ。だがーーーー。

家は、焼け落ちていた。

全焼した家の跡に、多くのジェスタ信者やガヤン信者が集っていた。彼らが派遣されてきたのは、このためだったのだ。

「……あの。一体何があったのですか?」

アザリーは現場責任者とおぼしきガヤン信者に声を掛け、質問をする。

「……君は?」

ガヤン信者は訝しげな様子で逆に問うてくる。

「アザリーと云います。この家の、ベトルさんとエミリーさんの友人です。今日は、ご息女のマリアさんの誕生日をお祝いに参りました」

アザリーが答える。すると。

「その方の仰っていることは本当ですよ。アザリーさんは、毎年来てくださっています」

毎年のように村を訪れていたため、既に顔馴染みとなっていたこの村の駐在官のエザクが、現場責任者に口添えしてくれた。

「エザクさん。お久し振りです」

「やあ、アザリー。この度はとんだことに」

「一体、何があったの?」

するとエザクの口添えの甲斐あってか、今度は現場責任者が状況を説明してくれる。

「本日未明出火した火災により、ベトル氏宅が全焼した。現場からは2名分の焼死体が発見されているが、炎と熱による遺体の損壊が激しく、相好の区別はおろか性別・身長・死因すら判別しかねる状態だ」

「2名分? 家人は3名かと存じますが、ご遺体は2名分なのですか?」

アザリーが確認をすると。

「2名だ。ちなみにベトル氏・エミリー夫人・マリア嬢は、今朝から消息不明だ。我々としては、あの焼死体はうち2名のものと推測している」

「出火の原因は何なのでしょう? 判明しているのですか?」

「調査中だ。だがジェスタの火災調査官に依ると、失火による住宅火災にしては炎が高温過ぎるらしい。魔法が使われた可能性もある。放火の可能性も視野に入れて、我々は捜査を進めている」

「そうですか……」

その後、アザリーは礼を述べ現場を立ち去る。

「取り乱すこともなく、彼女は随分と冷静だな。親しい友人が亡くなったのかも知れないのだろう?」

アザリーの背中を眼で追いながら、現場責任者が少し訝しげに云うと。

「あまりに突然のことで、現実味が湧いていないんじゃないですかね? あたしだってそうです。こう云うのは、後からじわじわ来るものなんじゃないですかね?」

駐在のエザクがフォローしてくれる。

「なるほど。確かにそう云うものかも知れないな」

現場責任者が納得する。

一方、必要な情報を得、村を去ったアザリーは、村外れの森に待機させていた仲間たちと合流する。

「村がだいぶ騒がしかったみたいだけど、何があったの? アザリー」

待機していた1人、アザリーの妹イザベラが問うてくる。

「ベトルたちの家が焼け落ちていたわ。焼け跡からは2名分の遺体が出た。怖らく『奴ら』の仕業よ。思うに、とうとうマリアの存在を『奴ら』に気付かれたんだわ。マリアを力尽くで拐おうとして、それを阻もうとしたベトルとエミリーを殺害した。そして殺害の証拠を隠滅するため、現場に火を放った。そんなところじゃないかしら?」

「アイツら、何てことを……!」

イザベラが怒りに震える。

「マリアの居場所はレクォーナの作ってくれた魔法具で追跡が可能なのですよね? 居場所は確認したのですか?」

仲間の1人、騎士クラウスがアザリーに問う。

「いえ、これからよ」

アザリーはそう云うと、服の胸元から胸の谷間に隠した首飾り(ペンダント)を取り出すと、先端の宝石を握り締め、瞑目して意識を集中した。

「……居たわ。これは……海の上ね。移動している……この速度は、船ね。この方向は……ベルリオース!」

アザリーが眼を開ける。

「やはり、マリアが誘拐されたと云うアザリーの推理は正しかったようね。ベルリオースに向かったのなら好都合だわ。あそこには今、ドントーが居るのよね?」

イザベラが確認する。

「でもどうやって連絡する? 魔法の通信符による通信は、同じ島の中ならともかく、海を越えてはさすがに届かないわよ? それこそ<悪魔>による魔力増幅(ブースト)でも無ければ」

アザリーが問題点を挙げると。

仲間の1人・魔術師レクォーナが重ねて上に向けた両掌の上で、煙が小鳥の形状を象っていた。

「《伝書鳩》を使おう。ごく短い伝言を文字化して伝えることが出来る。海を越えるなら最速の連絡手段だ」

聴く者の心を落ち着かせる柔らかな声で、レクォーナが提案する。

「……お願い出来るかしら? レクォーナ」

アザリーが願うと。

「任せてくれ。事態の概要をドントーに伝えておく」

レクォーナはそう云うと、手の中の《伝書鳩》を空へと放った。

鳩は風の速度で、海の彼方へと飛び去った。

「……さて。では我々も、ベルリオースへと向かおうか。ベトルとエミリーが真実を話していない限り、マリアは何も知らず恐怖にうち震えている筈だ。自分が誘拐された理由も、両親が殺害された理由も判らずね。一刻も早く、救い出してあげねばね」

レクォーナの言に頷く一同。

そして、アザリーとその仲間たちは、マリアと誘拐犯を追い、海を航るーーーー。

今、ベルリオースの地に、運命に導かれし者たちが、集いつつあったーーーー。

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