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エクナ鼎乱篇⑤

ーーーー見渡す限り、一面に広がる大海原。

今、その上空を、巨大鳥の両脚にそれぞれ掴まり飛行する人影がふたつ。

元・ベルリオース抵抗軍の総参謀魔術師フルーチェと、その相棒にして少数民族オキアの民の戦士ヨクである。

……ツッコミどころ満載の光景である。さて、何処から説明したものか。

まず、ふたりが目指す先。それはベルリオース国の軍艦である。

魔術師フルーチェは、王権奪還後1年に亘り宮廷魔術師として育成し続けていた少女モナリが、成人と同時、正式に宮廷魔術師就任を果たした2年前、予告通りヨクを伴い自由気ままな旅に出た。

だが先日、王都でのマルホキアスのゲリラ放送に関する噂を聞き付け、急ぎ王城に馳せ参じたところ、既にビナーク王やモナリ、レクトと云った王政府の主要メンバーは軍艦にてエクナ島へ出航した後とのことだった。そのためフルーチェとヨクのふたりは、軍艦の後を追っているのである。

ふたりを運ぶ巨大鳥。オキアの民と契約をした、ギガント・シーガルである。

オキアの民はベルリオース島にのみ暮らす少数民族だ。彼らは動物と高い親和性を持ち、動物との間に特殊なパートナーシップを築く。

成人したオキアの民は1匹の動物とパートナー契約を結び、生涯を共に生きる。オキアの民とパートナー動物との絆は絶対のものであり、パートナーを変更したり、契約を破棄したりすることはない。また、1人が複数の動物と契約をすることも、その逆もない。彼らは常に、一対の関係である。

オキアの民とパートナー動物の絆は、それこそ配偶者とのそれよりも強い結び付きなのだ。

だが動物の寿命は概ね人間よりも短い。オキアの民が別のパートナー動物と契約を結ぶ唯一の可能性。それは現在のパートナー動物と死別した後、である。

尤も、死別したパートナーのことが忘れられず、その後の人生で他の動物と契約を結ぶことなく生涯を終える。そんなオキアの民も珍しくはない。

ちなみにヨクのパートナー動物はコビトザルのトピ。今もヨクの肩に乗っている。

ところであまり知られていないことだが、熟練したオキアの民の間ではひとつの秘儀がある。契約者とそのパートナー動物、双方の同意を得られた場合のみ、信頼関係の下パートナー動物を他のオキアの民に貸し出すことが可能なのだ。

このギガント・シーガルも別の契約者、ヨクよりも年長のオキアの民のパートナー動物である。契約者とシーガル、双方からヨクが気に入られたことで、今回力を貸してくれているのだ。

元来渡り鳥であるシーガルは長距離飛行が可能。そして巨体ゆえの怪力で、人間2人を運ぶことくらい訳無い。

やがてふたりの前方に、白い航跡を残しながら海を進む1隻の軍艦の姿が見えた。ベルリオースの軍旗を掲げている。

上空からの広い視界は船の進む更に前方に、海面が隆起して出来た巨大な水の壁の威容をも捉えている。

「アそこに見えル船の甲板に、降りてクダサイ」

ヨクの要望に従い、ギガント・シーガルが目下の軍艦への降下を、開始するーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

一方、軍艦の甲板上では。

物見の兵士が遥か上空から船に接近する怪しげな巨大鳥の姿を捉え、慌ててビナーク王に報告していた。

「大変です陛下! 巨大な鳥が我が方を目指し接近してきます!」

報告を受け、にわかに浮き足立つ甲板上。ビナークの傍らに控える宮廷魔術師モナリが、素早く《鷹目》の魔術で上空を確認する。

「あれは……!? 皆さん! 攻撃の準備を止めてください! あれはフルーチェさまと、ヨクさまです!」

王妃の言葉に甲板上の緊張感が解け、安堵の空気が広がる。

「フルーチェだと? そうか、来てくれたのか!」

ビナーク王も喜色を浮かべる。

ーーーーやがて王妃の言葉通り、巨大鳥の両脚にそれぞれ掴まったフルーチェとヨクが、船の甲板上に着地した。

「久し振りねみんな。元気してた?」

「フルーチェさまもお元気そうで、何よりです」

フルーチェとモナリが挨拶を交わす。

「ヨクよ、この鳥は、オキアの?」

「はい、オキアの家族デス。私たちを運んでクれマシタ」

ビナークの質問に、ヨクが答える。

「て云うか、何でこんな戦場の最前線に王サマと王妃サマが出張ってるワケ!? もしもこの船が沈められたら、この国終わりじゃない!?」

船の上の面々に、今更ながらフルーチェがツッコミを入れると。

「そうだろうそうだろう!!!? フルーチェよ、もっと云ってやってくれ!!!!」

ようやく自分と同じ意見の人間が現れてくれた嬉しさに、口角泡を飛ばして訴える典医のクイト先生。

「何を云う? 私が戦場の最前線に立つなど、いつものことではないか?」

心底不思議そうなビナークに。

「それは陛下がまだ抵抗軍のリーダーに過ぎなかった頃の話です!!!! いい加減一国の王と云うお立場をわきまえてください!!!!」

青筋を浮かべた臣下に滅茶苦茶怒られている一国の王。

「私は宮廷魔術師であると同時に王の護衛でもありますから、陛下が出掛けられる場所にはついて行かざるを得ません」

と、モナリ。

「まったく!!!! この国の王族の危機管理はどうなっているんだ!!!!」

お決まりのクイト先生の台詞が、何処までも澄み広がるエクナの空に今日も響き渡るのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

「さて、積もる話は山ほどあるけど、今は奴らの、<破滅の預言者>のことよね?」

フルーチェがかつての抵抗軍よろしく、場を仕切る。この場の誰も、そのことに違和感を感じていないのだから、不思議なものだ。

「あなたたちずいぶん早く出航出来たのね。王城で皆がとっくに出発したと聞いた時は、さすがに慌てたわ」

フルーチェの疑問に。

「実は先日バートが我が城を訪れてな。<破滅の預言者>が活動を再開したと、警戒を促しに来てくれたのだ。それで奴らに先手を打つべく、軍艦の準備と部隊の編成を急ぎ進めていた。そこにマルホキアスの例の放送があった訳だ」

「バートが? なるほどね……」

考え込むフルーチェ。

「このまま進むと、巨大な海面の隆起にぶつかるわ。まるで水の壁よ。この船で突破するのは、難しいと思うわよ」

フルーチェが、先ほど上空から見た光景について言及すると。

「ああ。報告は受けている。我が国とエクナを結ぶ航路上以外にも、ロベールそしてシスターンと、エクナを結ぶ航路上にも壁があるらしい。全部で3枚の巨大な水壁が、エクナ島を囲んでいるようだ」

「エクナ島を孤立させている……? いえ、違うわね。奴ら、エクナ島で何か企んでいる。この水壁は、各国の海上戦力に攻め込まれないための時間稼ぎね。そう云えば、バートはどうしたの?」

「あやつならエクナ島へ向かった。何でもエクナのガヤン中央神殿でアルフレッドが修業をしていたらしくてな。合流を目指すと云って定期船に乗ったよ。マルホキアスの放送より数日前の話だ」

「すると、少なくともアルフレッドとバートはエクナに居た訳ね。あの2人のことだから、きっともう闘いを始めているわね。私たちも一刻も早く合流したいところだけれど」

とのビナークとフルーチェの会話に。

「そのためにはまず、あの水の壁を何とかしないといけないですね」

モナリが船の進路前方を杖の先端で指し示しながら割り込んできた。

見ると、先ほどフルーチェが言及した海面の隆起が、目視出来る距離にまで近付いていた。いや近付いたのは船の方だが。

「陛下! 何者かが!」

物見の兵士が叫ぶ。眼を凝らすと、水壁の手前の空中に、何者かが浮いている。ローブ姿の巨漢、肥満体の男だ。

「何奴!!!?」

騎士団長レクトが誰何の声を上げる。すると巨漢は。

「我が名は<緋色>。ここを通す訳にはいきません」

巨漢が誰何の声に応じ、名乗りを上げる。明らかに本名ではないが。

「<緋色>……? 聞いた名だ。確か、マリア嬢の話の中にあった……レモルファスの護衛団の一員だな?」

ビナークが3年前の王城会議での話を思い出し、<緋色>に質す。

「そう仰る貴君はベルリオース王ビナーク陛下。一国の王が私ごときの名を知っていてくださるとは光栄の極み。ですが陛下、いささか軽率が過ぎますな。一国の王がこのような戦場の最前線、まして逃げ場の無い海上にいらっしゃるとは。私めが貴船を沈めれば、指導者を失った貴国が大混乱に陥るは必定ではございませんか?」

<緋色>の指摘に。

「ほら見ろ! 云わんこっちゃない!」

とクイト先生。ちょっと嬉しそうだ。

「では、貴船を沈めさせていただきます」

そう宣言した<緋色>の周囲の宙空に、次々と石塊が生成されては発射される。《石弾(ストーン・ショット)》の魔法だ。どうやら船体に穴を開け、浸水させるつもりのようだ。

「ちっ!! 精密射撃なんて、性に合わないのよね!!」

云いながら前に出たフルーチェが、同じく《石弾》を生成し次々に射ち出す。それらは敵の《石弾》に正確に命中し、やがてすべての《石弾》を迎撃し撃ち墜とした。

「ほう……。見た目に反し、なかなかやりますね。精密な魔法のコントロール、お見事です」

感心する<緋色>。

「悪かったわね。誰が大雑把な見た目よ?」

ツッコミを忘れないフルーチェ。

「今度はこちらの番だ!! 射て!!」

レクトの号令一下、船上の弓兵たちが次々に矢を放つ! 矢はその殆どが<緋色>の巨体へと命中する。がーーーー。

「何!!!?」

まるで滝にでも矢を射っているかのようだ。矢は水に沈むように<緋色>の躰を背中へとすべて通り抜ける。

「私が<悪魔>より授かりしは液体の躰。物理的な攻撃は通用しませんよ」

そう云って、哄笑を上げる<緋色>。

「水属性の躰ですか。……それは運が無かったですね」

とは、モナリの言。

「どうやら、身の程をわきまえた者も居るようですね。感心感心」

モナリの発言に、気を良くする<緋色>。

「あ、いえ。違います。運が無いと云ったのは私たちではなく、貴方のことです」

「何……!?」

モナリの言葉に、一転して表情を険しくする<緋色>。

「何故なら私は、火霊系の魔術が得意だからです」

そう云うモナリの杖の先端に、小さな火球が生成される。

「いくら水の躰とは云え、小娘の火遊びごときでダメージを与えられるとでも?」

<緋色>は哄笑を止めない。

だがーーーー!

杖の先の火球が、みるみる大きく成長してゆく。あっと云う間に人を呑み込む大きさになったと思ったら、最終的には小屋ほどの大きさにまで進化した。

「な、何だその魔法は!!!?」

焦り、狼狽する<緋色>。だがモナリは、そんな<緋色>の質問には答えず。

「抵抗軍の時代、皆さんは私が未成年であることに配慮して、戦闘任務から外してくれていました」

まるで独言のようにそう云うと、杖の先を真っ直ぐ<緋色>の方へ向け狙いを定め。

「ですが私がいちばん得意とするのは、今も昔も」

その言葉とともに。

「ーーーー戦闘です」

ーーーー《巨人の火拳》!!!!

「うおおおおおおおお!!!?」

<緋色>の絶叫。

ぶっ放された特大の火球は砲弾の速度で飛来し。

あっと云う間に<緋色>の全身を呑み込み、一滴の雫も残さず蒸発させたのだったーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ーーーー船上は、水を打ったように静まり返っている。王妃の魔術のあまりの威力に皆、言葉を失っているのだ。

そんな中、杖の先端を下に下ろしたモナリ、一言。

「ーーーーふう」

「ふう、じゃないわよ!!!!」

フルーチェのツッコミが冴える。

「い、今の魔術は……。そう云えば、アンタの魔術の師匠って、訊いたこと無かったわよね!?」

フルーチェはモナリに宮廷魔術師の仕事について教授した。だが、魔術の師匠ではない。

「私のお師匠さまですか? お話したことありませんでしたっけ? アシュレイさまです」

「やっぱり……!!」

<灰燼>アシュレイーーーー。

世俗を嫌い、集団を嫌う孤高の魔術師。だがベルリオース島に於いては故・宮廷魔術師長ロアと並び称される実力者だ。

宮廷魔術師として多識多才なロアと異なりアシュレイは戦闘特化しており、それゆえ魔法戦闘力はアシュレイの方が上とされる。

また、その二つ名が示す通り火霊系魔術を得意とし、雷系魔術に長けたロベールの元宮廷魔術師長アズバン、氷系魔術に秀でた<氷壁の記憶>師団長アールとともに<三霊魔術師>などと表されることもある。

「どうりで……!! まさか<灰燼>の弟子だったとはね。さっきの出鱈目な火力の魔術も頷けるわ」

<灰燼>の噂話はフルーチェも師匠のロアから聞かされた憶えがある。とにかく闘争本能の塊、文字通り燃え盛る炎のような人物だったらしい。

「モナリ、アンタ……凄いわね。あの……アシュレイから教えを受けていたなんて」

「そうですね。魔術の実力と才能はともかく、社会生活に於いては会話の通じない、非常に残念な性格の方でした」

酷いことを云う弟子。

「それにしても、ベルリオースの二大魔術師と云われたロアとアシュレイの弟子がこうして一堂に会し、ともに闘う時が来るとはね……。何だか感慨深いものがあるわね」

しみじみと云うフルーチェ。モナリはあまりぴんと来ていないようだが。

そんなモナリとフルーチェの様子を遠くから眺めるビナーク王が、一言。

「……我が妻は美しく聡明なだけでなく、史上最強の嫁だったか……」

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