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BRIDGE⑥~カシア~

シスターン島の北の最果て、秘境<龍人の里>に今、1人の放蕩娘が帰郷した。

里を治める族長の一人娘でありながら、掟も守らず人界をそぞろ歩くその者の名は。

「カシア!? カシアじゃないか!?」

……そう。娘の名はカシア。そして彼女の帰郷にいち早く気付き、その名を呼ばわる龍人の若者。娘の幼馴染みたる若者の名は。

「ようワイバ。帰ったぜ」

「どうしたんだカシア? 里の外、人間たちの世界にはもう飽きたのか?」

「莫迦、そんな訳あるか。ガイアーの様子を見に来たのさ」

ガイアーとは、カシア同様かつてのアルフレッドのパーティメンバーの1人である。人間の若者だ。

ガイアーは『龍鱗の武器』に使い手として選ばれた。龍鱗の武器とはかつて<龍人の里>を守護していた古代竜、その亡骸より賜った鱗から生まれ落ちた武器である。

死してなお古代竜の遺志を宿す龍鱗から生じたそれらの武器は、自らその使い手を選ぶ。過去、龍鱗の武器に選ばれたのは、すべて龍人であった。と云うより、龍人以外の種族が龍鱗と触れ合う機会など、これまで無かった訳だが。

ガイアーは人間で、と云うより龍人以外の種族で初めて龍鱗の武器に選ばれると云う快挙を成し遂げた。

龍鱗は選んだ主人に最適化した武器へと自ら形状を変化させる。ガイアーの場合はポール・アックスへと変化した。ちなみにワイバの場合は小太刀。族長とカシアは刀だ。

龍人ですら全員が選ばれる訳ではない龍鱗の武器の使い手。それに選ばれたガイアーは里を襲った邪術師を討ち滅ぼした功績もあり、里の仲間として龍人たちに迎え入れられた。

中でもワイバはガイアーを滅法気に入り、彼が龍鱗の武器の使い手として一人前になれるよう、稽古をつけるとまで申し出てくれた。そしてガイアーが<龍人の里>に逗留できるよう、族長の許可まで取り付けてくれたのだ。

ガイアーはワイバの言葉に甘え、暫し<龍人の里>に留まり戦闘の訓練を受けることに決めた。

その後カシアは里を発ち、アルフレッドやバートともどもベルリオースの抵抗軍に参戦し、その結末を見届けた。

更にはベルリオース内乱の背後に暗躍していた組織<破滅の預言者>の幹部邪術師マルホキアスとの闘いを経て、現在に至る。

カシアは自らが去った後も里に残り訓練を続けていたガイアーの様子を見に、久々に故郷の土を踏んだ、と云う訳だ。

「ガイアーの奴はどうしてる?」

「ガイアーか? あいつなら、里を下りたぞ」

「何……!? 修業が厳しくて、音を上げたのか?」

「違う違うそうじゃない。基礎的な訓練は一通り終えて、最低限龍鱗の武器を使いこなせるようになったからな。ま、云うなれば卒業さ」

「卒業……? なんだそう云うことか」

「なんでも<守護兵>……だっけか? 人間社会の役職に就くのが目標らしくてな。そのために故郷の街に帰って行った」

「ああ……。そう云えばそんなことを、いつも云っていたな……」

<守護兵>とは、シスターン島独自の治安維持職だ。専守防衛的な法的性質を持つ国営の軍隊だが、平時は国の重要な文化・魔法遺産である白の月時代の遺跡の警備、及び災害救助を主たる任務としている。

ガイアーは幼い頃より<守護兵>に強い憧憬を抱き、就任に異常な執念を燃やしていた。

「ガイアーの奴の仕上がりはどうなんだ?」

「ん? ああ。まがりなりにも龍鱗の武器をひととおり使いこなせるまでには鍛え上げたんだぜ? もう今のあいつに勝てる人間なんて、そうは居ないさ」

「そいつは上々だな。あいつの成長振りを一目確かめたかったが……。入れ違いだったか。残念だが、ま、仕方あるまい」

カシアは一息吐くと。

「ところでワイバ。オレとお前の戦力差は現在、どの程度だと思う?」

「なんだよ藪から棒に……? そうだな……。10戦して6対4、てところじゃないか? ちなみにカシアが6勝な」

カシアの問に少し考え込み、ワイバが答える。

「妥当なところだな。……よしワイバ。お前、オレの修業にも付き合え」

「なんだカシア。お前も里に留まって修業するのか?」

「今よりも強くなる必要があってな。とりあえずはワイバ、お前相手に10戦10勝できるようになるのが目標だな。欲を云えば、親父からも1勝をもぎ取りたい」

「おいおい。族長相手に1勝なんて、それこそ2~3年修業した程度でどうにかなるとは思えないぜ」

「判ってる。欲を云えば、だ。それじゃあ早速始めるか。時間が惜しいからな」

そう云ってカシアは、すらりと腰に差した<流星刀>を抜く。

「なんだカシア。龍鱗の刀は使わないのか?」

「ああ。龍鱗の武器は里の外に持ち出し厳禁だろ? だったらオレは、この<流星刀>で強くなる必要がある」

龍鱗の刀はカシアを主と選んだ龍鱗の武器だ。つまり、古代竜の遺志がカシアに最適と判断した武器の形状だ。

一方で<流星刀>は旅の中でカシアたちが知り合った伝説の武器職人・ドントーがカシアのために打った渾身の一振りだ。

龍鱗の刀と<流星刀>。この二振りは不思議とその長さ、形状、重さ、重心が殆ど同じだった。つまりカシアの武器に関しては、ドントーも古代竜とほぼ同じ結論に達したと云うことだ。

「爺さん、流石は最高の武器職人と云ったところか」

カシアが、今は亡き老ドワーフに想いを馳せる。

「そいつ、凄い武器だな。龍鱗の武器にも負けない凄味を感じるぜ」

ワイバもまた、<流星刀>に込められた作り手の想いを感じ取る。

「ああ。そうだろうさ」

云いながら、カシアは<流星刀>を片手で正眼に構えると。

「ーーーーじゃあ、始めようか」

ーーーーこうしてカシアは、郷里の<龍人の里>で朋友ワイバを相手に修業を開始した。

正直人間社会では、これ以上の成長は見込めない。カシアの相手になり得る戦士が、居ないからだ。

だがここ<龍人の里>は違う。ワイバとカシアの実力は伯仲しているし、彼女より強い実力者もまだ大勢居る。

カシアは時を忘れて修業に打ち込み、気が付けば瞬く間に3年もの月日が経過していたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

今日も今日とて、カシアとワイバが刃を交える剣戟の音が早朝の里に響く。

が、間もなく決着が付く。カシアがワイバの小太刀を、弾き飛ばしていた。

カシアはかつての目標通り、今やワイバに10戦すれば10勝、100戦すれば100勝が可能だった。

ワイバ自身、カシアとの修業の中でそうとう腕を上げていたが、カシアの成長振りはそれを更に凌駕していた。

「強くなったな、カシア。僅か3年で、もう相手にならないとはな」

ワイバが落ちた小太刀を拾い上げながら云う。

「だが結局、親父には1勝も出来ず終いだ。あの化物、オレが強くなればなるほど、どんどん遠ざかっていく気がするぜ」

カシアはこの3年、幾度も里の族長である父親に勝負を挑んでいた。が、ことごとく返り討ちに遭っていた。

「今までのお前は、族長の強さがまるで理解出来ていなかったんだ。だがお前自身が強くなることで、ようやく族長の力の底を、彼我の戦力差を理解し始めたんだ。だからそんなふうに感じるんじゃないか?」

「なんかムカつくが……。まあ、お前の云う通りなんだろうな」

ワイバの考察に、カシアが渋々納得する。

ーーーーと、その時!

「なんだ!!!?」

カシアを突然、未知の感覚が襲う。生まれてからこれまで、カシアが一度も感じたことの無かった感覚だ。

人間との混血であるカシアには、他の龍人たちのような鱗は無い。彼女の皮膚は、人間のそれと同じだ。

……無い筈なのだが。彼女が今感じているのは、まるで鱗が逆立つような感覚。

「カシア、この感覚が判るのか?」

ワイバが問う。その口振りから察するに、どうやらワイバも同じ感覚を共有しているようだ。

「ワイバは知っているのか? この得体の知れない感覚の正体を?」

カシアが感覚の正体について問うと。

「これは龍人なら誰もが生まれつき持っている感覚だ。大きな戦の兆しを察知すると、この感覚に襲われる。混血のお前はこの感覚を持っていなかったようだが。思うに修業によってより純血の龍人の強さに近付いたことで、お前の中の感覚が眼醒めたんじゃないだろうか?」

ワイバが自身の考えを口にする。

「戦の兆し……? お前ら、そんなものを感じていたのか?」

「ああ。カシア、試しにその感覚に、意識を集中してみろ」

「意識を……?」

カシアはワイバに云われた通り、慣れない感覚に意識を傾けてみる。するとーーーー。

「これは……? エクナ島の方角……?」

カシアは何故か方向を感じ取る。

「そうだ。この感覚に意識を集中すると、大きな戦が起こる大体の方向を知ることが出来る。そしてーーーー」

「こ、これはーーーー!? マルホキアス!!!?」

カシアの意識の中に忘れ得ぬ男の姿が、その気配がはっきりと感じられた。

「この感覚に意識を集中すると、その戦に深く関わる人物の気配をも感じ取ることが出来る。但しその人物が、過去にお前が接触したことのある人物であればの話だが、な」

「なんだと……!? だがマルホキアスは死んだぞ!? 他ならぬこのオレの眼の前で! 躰を真っ二つに両断されて!」

「そうなのか? だが今お前の感覚は、その男の気配を感じ取っているのだろう? ならば間違いはないさ。その男は死んじゃいない。生きているよ」

「莫迦な……!?」

だがその時、カシアの脳裡に甦る闘いの記憶。

「そう云えば……! マルホキアスの仲間らしき連中が、奴の死体を回収していたな……! あの後連中が、マルホキアスに何かしたのか……!?」

「かも知れんな」

「何てことだ……!! マルホキアスはドントーの爺さんが命懸けで斃したと云うのに……! 爺さんは無駄死にだったと云うのか……!?」

ひとしきり悔しがり、地面に拳を打ち付けていたカシア。だが、やおら立ち上がると、鞘に納めた<流星刀>を帯刀する。

「行くのか? カシア」

ワイバの問に。

「ああ。アルフレッドもバートも、このことはまだ知らない筈だ。一刻も早く報せないと。それにオレは、この時のために強くなったんだ」

カシアが応える。

「ならもう行け。族長には上手く話しといてやる」

「ワイバ……。いつも済まないな。迷惑を掛ける」

「よせやいお前らしくもない。ほら行け」

そう云って、ひらひらと手を振るワイバ。

カシアは頷くと、里の出口へ向け真っ直ぐ走って行ったーーーー。

「アルフレッドにバート、そしてガイアー、か……。妬けるじゃないか、まったく……」

妹分の背中を見送りながら、苦笑を浮かべそっと呟くワイバーーーー。

いい奴だ。

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