【エ序14】リーリュの独白
あの後の先生は、もう見ていられなかったよ。
あれが、反戦活動を邪魔に感じた主戦派の連中の仕業だったら、あるいは平和思想を広めてゆく先生の存在を脅威に感じた、黒の月の策謀だったりしたなら、まだしも先生は救われたかも知れない。明確な復讐の相手が出来るからね。でも、あいつらはそうじゃなかった。
あいつらは『悪』と云うよりは『欲』、つまりヒトの本質に近い動機で弟妹達を襲った。
あいつらを恨み、憎み、復讐すると云うことはつまり、ヒトの在り様そのものを否定することになる。
……少なくとも、先生にとっては、ね。
先生は誰も恨んじゃいない。憎んでもいない。ただ、世界に失望したんだ。絶望じゃなく、ね。
あの後の先生は、ひたすら同じ思考の繰り返し(ループ)の中に居た。『何故こうなった?』『何処で選択を誤った?』、ってね。
そして、閉ざされた思考の中での悔恨と自問の果てに、とうとう『正解』に辿り着いた。つまり、『最初から間違っていた』『前提条件から既に間違っていたのだ』、ってね。
前提条件ってのは詰まるところ、『ヒトとは、互いに言葉を交わし、想いをぶつけ合い、力を合わせ、共に在るべき存在』と云う、先生の基本理念だ。これがそもそも間違っていたんだと、先生はそんな結論に達した。
『ヒトは糞。そして世界とは糞が糞を再生産し続ける、糞の無限循環』
これが、大きな遠回りとかけがえのない犠牲の果てに先生が辿り着いた『正解』、だそうだ。
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先生は何故<破滅の預言者>に加入したのかって? そりゃあ、利害の一致だよ。
先生は別に<悪魔>の復活なんかにはこれっぽっちも興味は無かったよ。先生の目的は、あくまで戦争を起こすことさ。
子どもたちが月にて輪廻の輪をくぐり、再び地上に生まれ変わるその時までに、地上の糞を一掃し、綺麗な世界にしておかなければいけない。子どもたちを迎えるためにね。先生は、そんなふうに考えたんだ。
先生にとって、ヒトは既に滅びるべき存在だった。でも、ただ滅ぼすんじゃ駄目だ。
自らの意志で、最も愚かな選択肢である『戦争』を選択し、その当然の帰結としての破滅を迎える。『自滅』こそが、救い難き存在であるヒトに相応しい最期だと、先生はそう考えたのさ。
和平も反省も、先生は認めない。そんなことが出来るなら、子どもたちが殺される前に出来た筈だ。だが弟妹達は死んだ。だからこそ、先生は今更和平も反省も認めない。自滅以外の選択肢を、認めないんだ。
<破滅の預言者>は、復活を目論む<悪魔>の活性化のために戦争の惹起を仕組んだ。先生は目的は違えど、戦争の惹起と云う行動の点では一致していた。だから<破滅の預言者>に力を貸したのさ。
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え? どうして真実を、クラウスに教えてやらないのかって? 家族だったのだろうって?
……あいつは駄目だ。あいつは昔から、アタシたちの中でもとびきり正義感が強かった。とても真っ直ぐだったんだ。瞳なんかこう、きらきらしててさ。
騎士になって仕官し、国を内側から変えるなんて発想も、あいつの真っ直ぐさゆえんさ。
だからこそ駄目だ。あいつが弟妹達のことを知ったら、あいつは『この世全ての悪』を背負っちまうよ。それこそ、先生のようにね。
……家族なのに敵対することになっちまって良いのかって? そりゃあ、思うところはあるさ。でもさ、あいつには真っ直ぐなままで居て欲しいんだ。
あいつの存在はさ、かつて『正しい』頃のマルホキアス先生が確かに存在していた、その唯一の証なんだよ。
……思えば『攻撃反転』の能力なんてさ、ホント先生に相応しい能力だと思わないかい? 『いたずらに他者を傷付けようとする者は、その己が刃を以て自らを傷付ける』。まさに、他者に対する悪意が因果応報ってやつじゃないか。
まるで壮大な皮肉だよな。あれほど戦争と云うものを憎み、この世から無くそうとしていた先生が、戦争を起こそうとする側になるなんてさ。だのに<悪魔>が先生に与えた能力は、まるで他者を傷付けようとする者を戒めるかのような能力だ。……一体、世界ってやつはどれだけアタシたちを莫迦にすれば、気が済むのかね?
でも、そんな先生の能力も破られた。そしてそれを破った相手がクラウスの仲間だって云うんだから、そりゃあ運命を感じずにはいられないさ。
あいつは正しい。そしてこれからも正しく在って欲しい。たとえアタシたちがどうなろうとね。だから、あいつは真実を知る必要は無いのさ。