逆襲のシャーク④【逆シ4】
「やったよ!! アルくん!!」
ミオがそう云って、アルフレッドに思いきり抱き付く。
「あの<ブラインド・オルカ>に一騎討ちで勝っちゃうなんて、凄いよ!!」
「そんな。皆の助けがあってこその勝利だよ」
アルフレッドが応えるが。
「いや。<ブラインド・オルカ>は<ブラッディ・シャーク>幹部の中でも屈指の実力者だ。本当に凄いことだよ」
ミリィも心から感心している。
「<スタージェン>の時みたく、報奨金が出るんスかね?」
バートがおどけて問うと。
「<スタージェン>なんてもんじゃないさ。自分たちがどれほどの手柄を立てたのか、まだ良く判っていないようだね?」
ミリィがむしろちょっと怒り気味に云う。
「…………そんなにスか?」
バートが面喰らって問うのに。
「うん。だってリトの街の領主は、かつて騎士見習いの時代に<ブラッディ・シャーク>の幹部を逮捕したことがきっかけで、とんとん拍子に出世していったんだもん」
ミオが答える。
「…………マジスか?」
「うん。マジ」
「じゃあひょっとして、今回の実績に基づいてガヤン高司祭への昇格を申請することは可能かな?」
アルフレッドが問うと。
「できるできる。申請通ると思うよ。……ってアルくん、ガヤン信者なの!? シャストア高司祭じゃなかったの!?」
ミオがびっくりする。
「実はそうなんだ。僕は、双月信者なんだ。シャストア高司祭とガヤン神官の資格を得ている」
「そうだったんだ……。凄いね」
ーーーーと、その時。
遠方から馬車の一団が、こちらに近付いて来るのが見えた。
「あれは……!? まさか、<ブラッディ・シャーク>の残党か!? <オルカ>の援軍に来たのか!?」
だとするとまずい。こちらは体力を使い果たしてしまっている。焦るアルフレッド。だが。
「待ってくださいアルフ。あれは……ガヤンの紋章を付けてるっス!」
遠目の利くバートが確認する。
「良いタイミングでの到着ね。ちょうど良かったわ」
と、レーナ。
「ひょっとしてあれ……師匠が呼んだの?」
ミオが問うと。
「ええ。ガヤンの中に融通の利く若いのが居てね。ミオが人質に取られている事情なんかを説明して、少し遅れて来てくれるよう頼んでおいたのよ」
と、説明するレーナ師匠。
「融通が利くって云うか…………レーナが頼めば大抵の奴は融通を利かせてくれると思うけど」
と、ジト眼のミリィ。
「そうなの?」
アルフレッドが問うと。
「ま、あれでも次期宮廷魔術師長最有力候補だからね。つまりは、王を除けばこの国の最高権力者ってこと。本人は滅茶滅茶嫌がってるけどね」
ミリィが答える。
「マジ!? なんで!?」
仰天するバートが問うと。
「レーナはさ、労働が大嫌いなんだよ。働いたら負けだと思ってる」
「あーーーー」
ミリィの答に、可哀想なものを見るような眼でミオを見つめるバート。当のミオは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。
「うん…………なんか…………うん…………頑張れ」
言葉も無いバート。
「ありがと…………頑張るよ」
健気なミオだった。
そんな彼女らを尻目に、到着するガヤンの一団。斃れている中に<ブラインド・オルカ>の姿を認めると。
「こいつは……! <ブラインド・オルカ>!? <ブラッディ・シャーク>最強の幹部の1人!! この男を討伐するとは、さすがはレーナさまです!」
一団の隊長格とおぼしき若いガヤン神官が、<ブラインド・オルカ>討伐の事実に興奮気味にレーナを称賛する。
「違う違う。私が斃したのはその辺に転がってる雑魚どもよ。<ブラインド・オルカ>を斃したのはそこのシャストアの坊やよ」
レーナがガヤン神官の誤解を訂正し、アルフレッドを紹介する。
「君が……!? だが確かに、<オルカ>の死因は心臓を貫通したこの刺創……? では、本当に君が……!?」
「はい。アルフレッドと申します」
「ボクとミリィの友だちだよ。前に<スタージェン>討伐を報告したことがあったと思うけど、あれもアルくんの力だよ」
アルフレッドがガヤン神官に自己紹介すると、ミオが補足説明をしてくれる。
「なるほど……。レーナさまとミオどのが仰るんだ。間違い無いのだろう。後で神殿まで報告に来てくれないか? 報奨金などの手続をしたい。申し遅れたが、私はシュナイ。ガヤン神官だ。レーナさまには、懇意にしていただいている」
「よろしく。シュナイ神官」
アルフレッドとシュナイ、握手を交わす。
そうして一通りの治療を受けた一行は、現場検証とその後始末をシュナイ神官とその部隊に任せ、一足先にリトの街へと帰還するのだったーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ーーーー翌朝。
各種手続のためガヤン神殿を訪れたアルフレッド一行を、シュナイ神官が出迎える。
「わざわざご足労いただき感謝する。面倒な手続は早速済ませてしまおうか」
そう云って神殿の奥へと皆を案内するシュナイに対し、アルフレッドが申し出る。
「シュナイ神官。僕は、今回の実績に基づいてガヤン高司祭への昇格を希望するのですが……。可能でしょうか?」
するとシュナイ神官、驚きの表情を浮かべ。
「驚いた。貴方はシャストア信者ではないのか?」
「あ、はい。話していませんでしたが、僕は双月信者です。現在、シャストア高司祭位とガヤン神官位を得ています」
「レーナさまとミオどののお知り合いだ。一筋縄でいかない、のは判っていたが、まさか双月信者とは……。あのお二人の関係者だけあって、良い意味でこちらの想定を軽く超えてくるな」
苦笑するシュナイ神官。
「レーナさまとミオどのが仰る以上、貴方の実績に疑いの余地は無い。が、高司祭昇格となると、貴方個人の技倆も確認させていただく必要がある。よろしければ、私と模擬戦をしてくれないか?」
「模擬戦……ですか? ……判りました。ですが、シャストア細剣術とガヤン流剣術、どちらで闘いましょうか? ちなみに<ブラインド・オルカ>を破ったのは細剣術の方なのですが」
「双月信者である以上、どちらを使ってくれても構わない。要は、<ブラインド・オルカ>を斃し得る技倆の持ち主であることを示してくだされば良い」
「判りました」
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リトの街のガヤン本神殿の最奥。教導部が所管する剣術道場の、演習場。
今そこで、アルフレッドとシュナイ神官が互いに剣を構え、向かい合っていた。
審判役を務めるのは、教導部に所属するガヤン神官だ。
「はじめ!!」
審判役の掛け声とともに、模擬戦が開始された。先手必勝、とばかりにアルフレッドが刺突の姿勢で一気に距離を詰める!
アルフレッドの突き! だがシュナイは的確に剣で受け止める。
アルフレッドの連続刺突。速度も角度も申し分無い。単調な攻撃とならないよう、工夫を凝らされたアルフレッドの攻め。
だがそれら全てを、シュナイは剣で止めている。防戦一方だが追い詰められている訳ではない。アルフレッドの攻撃を観察している様子だ。
「良く練られた、悪くない剣筋だ。が、悪くないだけだ。今までの攻撃は、凡夫の域を出ない」
シュナイ神官が意見を述べる。
「強いね、彼。さすが師匠が見込んだだけのことはあるね」
見物しているミオが、シュナイの腕前について感想を零す。
「いや、レーナが彼を気に入ってるのは、若くてイケメンだからだと思うよ」
「その通り」
が、ミリィがツッコみ、レーナが全面的にそれを認める。
ミオは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。……頑張れ、ミオ。
(……<オルカ>に勝ったあの技。あの時は無我夢中だった。果たして自在に使いこなせるか……。試してみるか!)
アルフレッドが、シュナイとの間に一旦距離を置く。
そして小声で呪文を詠唱し、自身の僅か前方に自分と同じ姿勢をした幻覚を重ね置く。
正面に相対しているシュナイは、気付けない筈だ。
(この技……真横から見ると仕掛けがバレバレだな。1対1の状況でないと、使い難い技と云うことか。なるほど、ひとつ勉強になった)
冷静な状態で技の準備に入ったお蔭で、弱点らしきものがひとつ見付かった。アルフレッドはひとり納得すると。
「……行きます」
攻撃宣言と同時、アルフレッドが突撃する。
シュナイが、完璧なタイミングでアルフレッドの刺突を防いだ……筈だったのだが!
刺突を止めた感触は無く、代わりにあり得ない角度から細刀の切尖がシュナイを襲う!
「!!」
……気が付くと、アルフレッドの細刀の切尖がぴたりとシュナイの喉元に突き付けられていた。
「…………参りました」
「そこまで!!」
シュナイの降参と同時、審判役が模擬戦の決着を宣言する。
「……お見事でした。あれが、<ブラインド・オルカ>を破った技ですか?」
「はい。まだ粗く、未完成な技ではありますが」
「完敗です。良い勉強をさせて貰いました。それでは皆さまは<スター・アイテムズ>でお待ちください。夕方までには、審査結果と報奨金をお届けできるかと思います」
シュナイ神官はそう云ってアルフレッドの肩に手を置くと、そのまま執務室の方へと去って行った。
見物客として立ち会っていた、ミオたちがアルフレッドの許へ近付いて来る。
「彼はリトのガヤン神殿の中ではなかなかの腕前よ。その彼に勝ったのだから、大したものね、坊や」
レーナがアルフレッドを褒めてくる。シュナイの剣技のことを云っているのだろう。
とは云え【幻想刺突】は奇策と云って良い。基礎的な剣技に於いては自分はシュナイ神官に及ばなかった。
「まだまだ鍛えなくてはな」
反省と、改めての決意を口にするアルフレッド。
かくして必要な手続を終え、アルフレッド一行はガヤン神殿を後にするのだったーーーー。
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午後過ぎにはシュナイ神官が<スター・アイテムズ>を訪れ、アルフレッドのガヤン高司祭昇格が認められた旨の報を届けてくれた。
「これが神殿長発行の正式な免状です。お納めください。それとこちらが今回の討伐に関する報奨金です」
シュナイ神官から手渡された革袋は、ずっしりと重かった。
「……こんなに?」
「ええ。人数が20人以上と多かったのも勿論ですが、何より大きかったのが<ブラインド・オルカ>の討伐です。何せ最高幹部の1人ですからね。懸賞金も莫大でした」
ーーーー懸賞金に関しては、アルフレッドとバートの一致した意見により、五等分することに決めていた。
「……本当に良いの? 今回はお店が壊れた訳でもないし、アルくんとバーくんの2人で山分けして良いと思うんだけど? ボクなんか、捕まって助けて貰った訳だし」
「まあね。あたしも殆ど役に立ってないし」
ミオとミリィが続けざまに遠慮するのに対し。
「それを云うならオイラだって役に立ってないっスよ。皆揃ってこその勝利、ってのがオイラとアルフの一致した意見なんスから。受け取ってくださいっス」
バートの言に、頷くアルフレッド。
「…………ありがとう」
ミオが感謝を口にする。
五等分とは云え相当額の報酬だ。ほくほく顔のバート。路銀は、いくらあっても困るものではない。
「じゃあ、僕たちはそろそろ行くよ」
「あ! ちょっと待って!!」
出発しようとするアルフレッドをミオが止める。そして、持っていた宝石を差し出すと。
「助けて貰ったお礼をしたくて、何を贈れば良いのかずっと悩んでいたんだけど、やっぱりこれがいちばん役に立つかなって」
「魔力石(パワーストーン)か! これはありがたい」
「無粋な贈り物になってしまってごめんね」
「とんでもない。とても実用的で助かるよ。本当に貰って良いのかい?」
「勿論だよ。是非受け取って」
ミオから魔力石を贈られたアルフレッド。するとレーナも宝石を放り投げてきた。ブローチにあしらいそうな大きな宝石だ。アルフレッドが慌てて受け止めると。
「私からはそれよ。《飛行》の魔術が組み込まれたデバイス。魔力を消費するからあまり長時間は使えないけど、貴方たちの旅に役立つと思うわよ」
「そんな……! こんな高価で貴重なもの、受け取れませんよ」
アルフレッドが驚き慌てて断るも。
「<ブラインド・オルカ>を斃したご褒美よ。良いからとっときなさい」
「……ありがとうございます。感謝します」
深々と礼をする、アルフレッドとバート。
「またロベールに来ることがあったら必ず立ち寄ってね。約束だよ、ふたりとも」
「勿論だ。その時は、事件や厄介事(トラブル)は抜きにして、平和に逢いたいものだ」
アルフレッドの冗談に、苦笑いするミオ。通算2回。アルフレッドたちが訪れた時は、必ず何かしらの厄介事の最中であった。
かくしてアルフレッドとバートは別れを惜しみながらも、<スター・アイテムズ>を後にするのであったーーーー。