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BRIDGE③~バート~

アルフレッドがプリメラ高司祭とともにエクナ島のガヤン中央神殿を訪れ、修業の日々を開始しようとしていた頃ーーーー。

タマット入信者の盗賊バートもまた、自らを鍛え直すための地へ向かおうとしていた。

アルフレッドに別れを告げたバートは、ベルリオース行きの定期船へと乗り込んだ。

海を航り、ベルリオース島に無事入港したバートは、その足で砂漠地帯へと向かう。

ベルリオースの中でも危険な生物が数多く隠れ棲む未開の地だ。かつて一度ここを訪れた時はカシアが、アルフレッドがともに居た。

だが今はバート独りだ。人間相手を想定して磨かれた気配遮断の技術。果たして野生動物の鋭敏な感覚を相手に何処まで通用するものなのか。

ーーーーそして、幾多の生命の危機に見舞われながらもようやくバートが辿り着いた場所。砂漠の真央に建つ、天を貫く螺旋の尖塔。

<魔神封印の螺旋塔>、である。

世界を滅ぼしかねない力を持つとされる風の魔神を封印している施設だ。邪悪な意図を持つ者たちによる攻撃、テロ行為に毎日のように晒されているため、守り手たちもまた常在戦場の緊張感に支配されている。平たく云えば、殺気立っている。

遮蔽物の無い砂漠を渡り<塔>へ接近してくるバートの姿はだいぶ前から捕捉されていたようで、槍を構えた門兵がバートの方へと近付いてくる。

「待て! 貴様一体何者だ!? ここに一体何用だ!?」

バートは両手を門兵から見えるように挙げながら。

「オイラのこと憶えてないスか? 以前王サマの紹介状を持ってここを訪れた3人組の1人っス」

「……ん? ああ! 憶えているぞ! 確か吟遊詩人と隻腕の戦士と3人で来た盗賊か!」

「憶えていていただいて光栄っス。今回はオイラ独りっス。事前予約(アポイントメント)は無いんスけど、ファルカさんとお逢いすることは出来るでしょうか?」

「あの方も最高司祭さまに負けないくらい多忙な方だからな……。待ってろ。今確認してきてやる」

そう云うと2人組の門兵のうちの1人が、建物の中へと入って行った。

待つこと暫しーーーー。

先ほど<塔>の中へと消えて行った門兵に伴われ、栗色の髪の小柄な佳人、タマット最高司祭秘書ファルカが、バートの前へとその姿を現した。

「お久し振りですバートさん! 本日は、どうされたのですか?」

「しばらくですファルカさん。急に訪問してしまい申し訳ないっス。今日は、ご相談…………と云うか、ご提案とご依頼に伺いました」

「提案と依頼…………ですか?」

バートの真剣な表情にファルカ、何かを感じ取ったのか。

「……とにかく、こんな処で立ち話もなんです。続きは中でお聞きしましょうか」

「よろしく頼むっス」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

<塔>内部、ファルカの執務室ーーーー。

「さて、それではお話をお伺いします」

「まずは確認をさせてくださいファルカさん。この<塔>を守っている人たちは、皆俸給を貰って雇われてるんスよね?」

バートが質問をすると。

「ここでの仕事に興味がおありですか!? そうですね。この<塔>には医師や料理人、情報分析官と云った後方支援役も居ますが、大部分は<塔>の守り手たる戦士です。知っての通りこの<塔>は砂漠の中心にあり、周囲には街などの人間の拠点となり得るような場所はありません。よってこの<塔>で働く者たちは皆<塔>に住み込みです。主たる業務は<塔>の防衛任務。時間による交代制で任務に就いて貰います。私たちは彼らに居住空間、一日三度の食事、生活用品や武器防具と云った物資を提供しています。そしてそれとは別に、就業時間に基づく俸給をお支払いします」

ファルカが<塔>の雇用形態について簡潔に説明してくれる。

「なるほど……」

概ね予想していた通りだ。バートは頷くと。

「ファルカさんお願いがあります。オイラを、ここで雇って貰えませんか?」

「本当ですか!?」

バートの申し出に、ファルカの表情がぱっと明るくなる。だがバートは機先を制すると。

「ただし、雇われるにあたっては条件があります。そしてここからがご相談したい内容であり、ご提案っス」

「条件……ですか? 判りました。お聞きしましょう」

ファルカが居ずまいを正す。

「まずオイラに俸給は不要っス。寝床と食事と、物資の支給があればそれで良いっス」

「ど、どう云うことですか!?」

対価は不要。バートのトンデモ発言に、仰天するファルカ。

「ここからがご相談です。オイラはタマット影闘法を学びたい。この<塔>は任務の性質上や責任者がタマット最高司祭である関係上、雇われているのはタマット信者が多いと聞きました。であればここに居ませんかね? タマット影闘法を教えられる人物が」

「タマット影闘法……ですか?」

タマット影闘法ーーーー。

タマット神には戦神としての側面があるため、その信者にはいわゆる「戦う者」が多い。表のタマット神殿は傭兵に仕事を斡旋したり、依頼者に傭兵を斡旋する仲介業としての役割が主だが、大きな神殿であれば未熟な傭兵に様々な武器戦闘の指南を行う訓練所を併設していることもある。

一方で裏のタマット神殿は様相が異なる。この神殿に詰めるのは、タマット神の「盗賊の守護者」としての側面を信奉する者たちであり、神殿の役割はいわゆる盗賊ギルドだ。

裏の信者たちは表の信者たちと違い、戦闘の矢面に立つことはまずない。それは盗賊や密偵の役割ではないからだ。裏の神殿で、白兵戦の戦闘術を教えるようなことはない。

だが、裏の神殿にも密かに伝わる戦闘術は存在する。動きを阻害する大型の武器や、重量があり音がうるさい金属鎧を身に着けることはない。あくまで音のしない革鎧に隠し持てる小型の武器。闇タマットの暗殺術ほど極端ではないが、影に属するがゆえの死角や弱点を衝いた隠密系戦闘術。それが影闘法だ。

「影闘法を身に付ければ、オイラは戦闘に於いても戦力になる。今よりももっとアルフの役に立てると思うんスよ。それで教えを受けたいんス」

「なるほど……。任務の報酬と指導料を相殺したい、と云うことですか」

ファルカが感心したように云う。

「それ、良いですね」

「うわっ!!!!!!」

いきなり耳許で声を掛けられて、飛び上がって驚くバート。慌てて振り向くとそこには、右手に紅茶の注がれたカップ、左手にその受け皿(ソーサー)を持つ、美髭をたくわえた美中年の紳士が立っていた。カップを持つ右手の小指は、勿論立てている。

「最高司祭さま!? 一体いつの間にこの部屋に?」

ファルカもまた驚いて問う。

「ん? きちんとノックしてから入室しましたよ」

嘘だ。

この建物に入ってから、いや、砂漠に居た時からずっと、バートは全方位に対する警戒を怠っていなかった。敵意の有無に関わらず、接近する存在に気付かない筈はなかった。

それがこの男ーーファルカ曰く最高司祭に関しては、接近どころか声を掛けられるまでその存在にすら気付けなかった。いつ入室したのかも、全く判らなかった。

つまり、この男にその気があれば、自分はいつ殺されていてもおかしくなかったと云うことだ。あるいは、死んだことにすら気付けなかったかも知れない。

つまりはこれが、バートと最高司祭の今現在の実力差、と云うことになる。遠い。あまりに遠い。

「…………面白え」

冷たい汗を滴らせながら、だがしかしバートは気持ちの昂揚を抑えきれない。

「時間限定で任務をこなし、その報酬の代わりに戦技指導を受けたい、ですか。面白いアイディアですね。それ、採用しましょう」

と、最高司祭。

「よろしいのですか? 最高司祭さま」

ファルカが確認するが。

「ファルカさんの評価では、彼は現時点でも欲しい人材なのですよね? その彼が更に強くなろうと云うのですから、我々としては願ったりではありませんか?」

「あ、ありがとうございます!」

最高司祭の評価に、頭を下げるバート。

「高齢のため第一線を退き、今は後進の育成役をお願いしているタマットの老人が居ます。確か影闘法の達人だった筈です。彼を手配しますので、教えを受けると良いでしょう。訓練と任務の細かい時間の配分は後でファルカさんに計算して貰うとして、概ね午前中は訓練、昼食と休憩を挟んで午後は防衛任務、と云うスケジュールでいかがですか?」

最高司祭の提案に。

「はい、それで結構です。よろしくお願いいたします」

同意するバート。

「では、後はファルカさんにお願いしましょう。書面上の手続きなどは今日中に。施設内の案内もお願いします。本格的な稼働は明日の朝からと云うことで。それでよろしいですか?」

最高司祭の言葉に。

「はい!」

「かしこまりました」

ともに頷く、バートとファルカだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

翌日から、<塔>の守り手としてのバートの新生活が始まった。

午前中は訓練だ。タマット影闘法の基礎を学ぶ。

昼休憩を挟んで午後は防衛任務だ。午前中に学んだ闘法を、実戦にて活かす。失敗したことがあれば、翌日の訓練にフィードバックし、理由を精査する。改善案を模索し、午後の実戦にて試用する。上手く行けば、翌日はまた新たな闘法を学ぶ。この繰り返しだ。

学んだ内容を即実戦で活かせるのが、このカリキュラムの最大の利点だ。バートはみるみる上達していった。

やがてある程度の基礎を身に付けた時点で、魔法の有用性についても学ぶ。影闘法と組み合わせることで、その応用範囲が劇的に拡がるのだ。

使える魔法の種類を増やすため、これまでの防衛任務の実績に基づきバートは神官昇任を申請する。程なくして希望は通り、バートはタマット神官となった。

魔法を学び、影闘法との組み合わせを試用する。やがて師匠から学べる技術をすべて習得した彼は、取れる行動の種類を更に増やすため、ファルカを教師に戦術立案、戦闘指揮についても学ぶ。

持ち前のコミュニケーション能力で他の守り手たちとの信頼関係を築いたバート。ファルカの副官として戦闘指揮を実践、フィードバックを繰り返す。

そうして様々な技術を身に付けたバート。気付けば<塔>での訓練開始から、3年もの月日が瞬く間に経過していたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ある日の早朝。バートは最高司祭の執務室へ呼び出しを受けていた。

「なぁんかやらかしたっスかねぇ……?」

後頭部を掻きながら、執務室へと出頭したバート。部屋の扉をノックし、中へと入る。

「お待ちしていましたよバートさん。朝早くからお呼び立てして、申し訳ありません」

椅子を勧めてくる最高司祭。どうやら怒られる訳ではないらしい。

「早速ですが単刀直入にお伺いします。バートさん、貴方は最高司祭になるつもりはありませんか?」

「……………………………………………………はい?」

あまりに唐突な最高司祭の言葉に、バート正直呑み込めない。

「すぐにどうこう、と云うお話ではありません。私もまだまだ働けますし、働けるうちは務め上げようと考えています。あくまでも、将来的な選択肢の話です」

「な、なんだ。驚かさないでくださいよ」

「すみません。それに貴方1人にしているお話ではありません。他にも幾人か候補が居て、声を掛けています。勿論、ファルカさんもその1人です」

「ですよねえ……」

バートはともに働くようになって、初めてファルカと云う人物の有能さを思い知った。心底感服していた。

彼女は個人での白兵戦闘こそ不得手だが、戦闘指揮にかけては文字通りの天才だ。指揮官としては、無敵無敗だった。

それに彼女の卓越した事務能力。最高司祭不在の機会が多いこの<塔>の運営が滞りなく行われているのも、彼女の手腕に依るところが大きい。完璧な仕事ぶりだった。次期最高司祭候補と云うのなら、彼女こそがその筆頭だろう。

「それで、バートさんの意向確認をしておきたいのです。貴方はどうお考えですか?」

最高司祭の問に。

「……今のオイラが自身を高めているのは、あくまでアルフの力になるためっス。いつかアルフが己の進むべき道を定め、その道がオイラの進む道と分かたれた時。その時にもう一度考えると云うことで、どうスか?」

バートが答える。

「……判りました。今はそれで結構です。ですが貴方は私が見込んだ次期最高司祭候補の1人。そのことは、頭の片隅にどうか留め置いてください」

「光栄っス。ありがとうございます。それで、今日オイラを呼び出したのはこの話をするためっスか?」

「いえ。今のはただの雑談です。本題はこれからです」

最高司祭の返答にバート、思わずズッコケる。雑談のボリュームと重さではなかった気がするが。

「本題はこれです。バートさん、『始まりました』」

最高司祭のその言葉を聞いた瞬間、バートの貌から笑みが、表情が消える。バートは椅子からすっくと立ち上がると。

「最高司祭さま。3年間本当にお世話になりました。オイラの我が儘を聞いてくれて、ありがとうございます。強くなれたのは、この<塔>の皆のお蔭です」

「……行くのですね?」

「はい。この日のために、オイラは自分を鍛え続けてきたんス」

「……判りました。では皆さんに別れのご挨拶を。私は<塔>の入口でお待ちしています。後ほどまたお逢いしましょう」

ーーーーその後、ともに闘った<塔>の戦友たちやタマットの師匠に事情を説明し、別れの挨拶を済ませたバートは、わずかばかりの自分の荷物をまとめると、<塔>の入口へ。

そこには最高司祭と、ファルカが待っていた。

「ふたりとも、本当にお世話になりました。このご恩は決して忘れません。色々なことが全部片付いたら、また逢いに来ます」

バートが最後に、2人に深々と頭を下げると。

「本当ですよ? 本当に約束。必ずまた、逢いに来てくださいね?」

ファルカの言葉に。

「はい! ファルカさんも、最高司祭さまもお元気で!」

こうしてバートは、3年もの長きに亘り己を鍛え直してくれた<魔神封印の螺旋塔>を、後にするのだった。

バートが<塔>にて経験した闘い、そして幾多の出逢いと別れ。それだけで、一巻の冒険譚となり得る濃密なものであった。

だがそれらを語るべきは今ではない。それらは別の機会、別の場所にて語ることとしようーーーー。

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