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逆襲のシャーク③【逆シ3】

「……何故、ガヤン神殿は高額の懸賞金をかけてまで<ブラッディ・シャーク>の幹部を追っているか、判るかい?」

ミリィが傷の痛みに耐え、ミオの治療を受けながらアルフレッドたちに問うてくる。

「……残党たちが再び組織を起ち上げようとするなら、新たな首領(ボス)、つまり船長(キャプテン)の存在が必要になる。かつての船長<クリムゾン・シャーク>亡き今、その地位を担えるのは幹部たちをおいて他にないからさ。……当局は、元幹部による<ブラッディ・シャーク>再興を怖れている」

ミリィが、自らの問い掛けの答を示してくれる。

「そして生き残った幹部たちの中でも、当局が次期船長最有力候補の1人と目しているのが<ブラインド・オルカ>と云うワケ。理由は、あの強さを見れば判るわよね?」

レーナが、ミリィの言を補足する。

「……あたしは殺し屋。船長なんて柄じゃないさね。あたしとしては誰か他の船長の下で殺しを請け負っている方が性に合ってるんだがね……。ま、それでも……あたしなんかの名前で<ブラッディ・シャーク>を再興出来ると云うならそれも……」

<ブラインド・オルカ>はにやりと笑い。

「……やぶさかではないがね」

息を呑むアルフレッドとバート。ーーと、レーナが。

「アンタ、一体何で<神の鳥>の羽が欲しいワケ?」

と<オルカ>に問う。

「……ま、話してやっても良いさね。どうせ誰一人、生かして帰す気は無いからねえ」

<オルカ>、チン……と刃を鞘に納めると。

「……<デビル・フィッシュ>の工房さね」

「<デビル・フィッシュ>?」

初めて聞く名に、アルフレッドが問い返すと。

「<デビル・フィッシュ>は<ブラッディ・シャーク>の幹部の1人。生物兵器の開発が専門の奴だよ。尤も既に斃されてて、この世には居ないけどね」

ミオが、アルフレッドの疑問に答えてくれる。

「……そう。その<デビル・フィッシュ>さね」

<オルカ>が、ミオの言を肯定する。

「……奴(やっこ)さんの工房には、開発中あるいは完成体の生物兵器が数多く眠っている。<ブラッディ・シャーク>を再興しようと云うなら軍事力は不可欠だからねえ。あんなお宝を眠らせておく手は無いさね。ところが工房は奴さんの魔力で施錠されていてね。ま、それは当然なんだが。問題は、奴さんの魔力以外で解錠する手段が無い、と云う点でね」

と、<オルカ>。

「既に<デビル・フィッシュ>が殺されている以上、解錠方法が無い、と云う訳か……。工房の入口を力尽くで破壊しよう、とは考えなかったのか?」

アルフレッドが問う。

「……工房には危険な生物兵器が何体も封印されているんだぜ? そんな簡単に入口を破壊出来たら大問題だろうに。それに万一破壊出来たとて、それで中の兵器が暴走を始めたら止める手立てが無くなるねえ。そんな危険な真似はしないさ」

<オルカ>から、思ったより常識的な回答が返ってきた。

「何と云うか……その……常識的だな。もっと自己中心的な考えで動いているのかと」

アルフレッドが意外そうに云うと。

「……あたしを何だと思っているんだい? ……ま、良いけどね。制御出来ない兵器なんて、敵にも味方にも危険なだけさね。……とりわけあたしが欲しいのは、奴さんの作品の中でも傑作中の傑作。風の元素獣のエキムとルドラ、それに凶暴な大型鮫の群を組み合わせて開発した災害(ディザスター)級生物兵器・鮫竜巻(シャークネード)さね。あれならロベール中の主要都市を余すところなく蹂躙出来る」

<オルカ>が随分と物騒な兵器について言及する。名付感覚(ネーミングセンス)はB級だが。

「……何でも<神の鳥>の羽を使えば、元ある魔力を損なうことなく除けることが出来るそうじゃないか? つまり工房の施錠の魔力を、一時的に取り除くことが出来る」

<オルカ>が、羽を求める理由について明かす。

「……そんな話を聞いてしまっては、ますます<神の鳥>の羽を渡す訳にはいかないな」

アルフレッドが、改めて細刀を構える。

「……だがどうするね? 何かあたしに対抗出来る手段があるとでも?」

<オルカ>が笑う。確かな実力に裏打ちされた、絶対的な自信。余裕。

ーーーーアルフレッドは、師・プリメラ高司祭の教えを思い出していた。

ーーーー自分はいつの間にか、「幻覚」とは視覚を欺くもの。音や匂いや感触などは、その補佐的な要素だと、考えていなかったか?

それは、人間と云う存在が、視覚情報に高依存しているからに、他ならない。

ーーーー違う。「幻覚」とは五感を騙すもの。視覚も、聴覚も、嗅覚も触覚も等しく欺くものだ。

肉体の見た目も、その内外にて起こる様々な音も、匂いも、触れた感触も、その全てを再現して初めて完璧な幻覚となるのだ。

ーーーー<ブラインド・オルカ>は相手の心音や筋肉の収縮音、躰と空気の摩擦音までをも聴き分け、敵の情報を得ていると云う。ならばそれらの情報も全て正確に再現すれば、<ブラインド・オルカ>をも欺ける、と云うことになる。

ーーーープリメラ高司祭に依れば、シャストアには絶対無敵の攻撃技があると云う。

攻撃者たる自分の完璧な幻覚を再現し、それを自身の躰のほんの刹那前方に重ねるのだ。

そして自分の躰と幻覚、双方を同時に動かして攻撃をするのだ。

敵は先行して襲い来る幻覚をこそ真実の攻撃だと誤認し、防御行動を取る。回避か止めか、あるいは受け流しか。

だがその攻撃は幻覚だ。そしてその直後、二度めの防御行動が不可能な刹那のタイミングで真実の攻撃が敵を襲う。

自分は無防備となった相手に渾身の一撃を叩き込むことが出来る、と云う訳だ。

勿論口で述べるほど簡単なことではない。精密きわまる幻覚の制御が必要だ。しかも、自身も攻撃動作を行いながら、だ。当然、優れた攻撃技術を身に付けていることも前提となる。

だがこの技が成功すれば、たとえ<ブラインド・オルカ>が相手であっても斃すことが可能な筈だ。

ーーーーアルフレッドが、自身最速の刺突撃の体勢に入る。

ーーーー瞬間。

アルフレッドを取り巻く空気が変わる。そしてそれを敏感に感じ取った<オルカ>にも、異変が起こる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

“オマエ、凄え剣士だな。どうだ? オレの仲間にならないか? オレと一緒に来いよ”

“欲しいものがあるんだよ。この海の向こうにさ。オマエには、このオレが夢を叶えるところを特等席で見せてやるよ”

“海賊団を結成するぞ。勿論、ついて来てくれるだろ? この海を制するぜ!”

“また懸賞金の額が上がったぜ。『国家の敵』だってよ。オレら、随分と凄いところまで来ちまったな?”

“まだまだ先へ行くぜ。ついて来てくれよ”

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

この局面で、何故か<ブラインド・オルカ>の脳裡に去来する、懐かしい記憶ーーーー。

(船長……? 何故、こんな昔の記憶を思い出す……?)

何故思い出したのか? それは<ブラインド・オルカ>にも判らない。それは、遠い日の記憶。船長<クリムゾン・シャーク>との出逢い。そして海賊団<ブラッディ・シャーク>の結成。

アルフレッドの、ある種の『覚悟』を感じ取った途端、唐突に脳裡に甦ったのだ。

<ブラインド・オルカ>にとっては、まさに黄金のように輝いていた日々。そして、二度と戻ることのない日々。

(やれやれ……。感傷に浸るには、まだ早いだろうに)

<ブラインド・オルカ>は抜刀術の構えを取る。アルフレッドがどんな攻撃を繰り出してくるかは不明だ。だがいかなる攻撃が来ようと、抜刀の一撃で最速の交差撃(カウンター)を叩き込むつもりだ。

細刀を構えたアルフレッドが、駆け出す。距離を詰める。

幻術、<忍び>の技術、細剣術。これまでに培ってきた技術を総動員して、<ブラインド・オルカ>に挑む。

迫り来る細刀の切尖。だが距離、速度とも<オルカ>は把握出来ている。紙一重で躱す。そのまま無駄の無い動作で抜刀、一閃! アルフレッドに致命の一撃を与えるーーーー。

ーーーー筈だった。

紙一重で躱した細刀の一突。が、その直後に二突めが襲い来た! 有り得ないタイミングだ。<オルカ>は既に攻撃動作に入ろうとしていた。ゆえに、防御行動に移れない。間に合わない!

ふたつの影が交錯する! そしてーーーー。

アルフレッドの細刀の切尖が、狙い誤たず<ブラインド・オルカ>の心臓を、貫いていたーーーー!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

<ブラインド・オルカ>は何故、先ほど唐突に過去の記憶ーー<クリムゾン・シャーク>との日々を思い出したりしたのかを、ようやく理解した。

彼はあの時、自らの死期を悟ったのだ。

いみじくもアルフレッドの『覚悟』を感じ取った時。<オルカ>は、アルフレッドが繰り出そうとしていた技の脅威を無意識に、本能的に認識していたのだ。

(……感傷ではなく……まさか走馬灯だったとはね……)

<オルカ>の手からカルシファード・ショート・ブレードが落ちる。両膝をつく。もう四肢に力が入らない。ゆっくりと、顔から前へと倒れ込む。

ーーーーと。

倒れそうになった<オルカ>の躰を、アルフレッドが抱き止めた。そして。

「ありがとう……。この技を会得出来たのは、間違いなく貴方のお蔭だ」

シャストア細剣術の到達点。その名はーーーー。

「ーーーー【幻想刺突】」

アルフレッドの言葉に、<オルカ>は薄く笑うと。

「………………やる……ねえ……」

アルフレッドへの称賛の言葉を最期に、<ブラインド・オルカ>の命の灯火は、消えたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ーーーー次に気が付いた時。

<ブラインド・オルカ>は波打ち際に立っていた。眼前に広がるのは、何処までも続く紺碧の大海原。

ーーーー紺碧の!?

ーーーーそう。紺碧の大海原だ。

普段なら潮騒、潮の香り、足裏の感触でそこが波打ち際であることを認識する。だが<ブラインド・オルカ>は眼が見えていた。本当に久し振りに、彼は『色』を認識した。

美しいーーーー。彼は素直にそう思った。

ーーーーと。

彼の前方に、幾人かの人影が見えた。背中を向けている。その中の1人が振り向き、<オルカ>の方へ手を差し伸べた。

その人物の、懐かしい顔。

「船長……!!」

そう。それはかつて<クリムゾン・シャーク>と呼ばれていた男。<オルカ>と仲間たちを導いたリーダーだ。

良く見ると他の人影も皆、既に命を散らした幹部仲間たちだ。副長<ダーク・ドルフィン>、それに<デビル・フィッシュ>も居る。他にも大勢だ。

「なるほど……。そう云うことかい」

彼は、自分が今何処にいるのかを理解した。

自分が既に、死んでいるのだと云うことを。

魂には、肉体の瑕など関係ない。そう云うことなのだろう。

ーーーーその時。

<クリムゾン・シャーク>が、<オルカ>の手を取った。共に行こう、と云っているようだ。

「……やれやれ。こんなところまで来て、また海賊団を結成しようってかい?」

ーーーー<オルカ>の両眼から、大粒の涙が零れ落ちた。落涙の機能など、視力とともに喪って久しかったその両眼から。

「……懲りないねえ。あんたも」

<オルカ>は、両眼の涙をごしごしと拭うと。

「……一緒に行くさ! 決まってるだろう?」

そうして男たちは、果てなき大海原へと舟で漕ぎ出すのだった。

見果てぬ海の、その彼方へとーーーー。

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