『自己不信』が1番危険なんだって。ついこないだまでそうなってたわ(笑)
こんにちは、『ちゃ』です。
いま大学生で、きょうだい児(障害者・重い病気を患っている子のきょうだい)を支援する団体『こたつ』を作り、将来的なイベント主催とコミュニティ運営のために動いています。
このnoteは、日々考えたことをテーマに関係なく、ただただ書くというものです。
〜初めに、少しだけ宣伝させて!〜
自分が4歳のときに弟(障害児)が生まれ「きょうだい児」となり、高校では不登校も経験した過去を書いた話を
『言えなかった。でもね、分かってほしかったの、本当の自分。』
というタイトルで発売しました。
・悩んでいるきょうだい児の助けになれば
・不登校に悩んでいる当事者、親御さんの何かヒントになれば
・きょうだい児を知らない人に、きょうだい児とは何なのか、どういう経験をしてきたのか伝えることができれば
と思い、魂削って過去を思い出して書きました。
テレビではあまり取り上げられないような、「軽度の障害児」をきょうだいに持った話を、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
こちらからお願いします▼
停滞ってあんまり良い心地がしない
ついこないだまで、あまり健全とは言えない状態でした。
理由は、色んな意味で停滞時期に入ったからです。
卒論(実験)やらなければならないので、他の活動を一旦置いて、全力で対応していたのですが、体力と資源を予想以上にもっていかれてしまい、きょうだい児支援『こたつ』の今後や、過去の話を書いた自伝noteについてを考える時間をほとんど確保できませんでした。
そこから、どの活動も前に進められていないことに対しての焦りや、感じる必要のないほど過度な他者からのプレッシャーなどを変に感じてしまうことが多くなりました。
さらには、今まで取り組んでいた活動とは対照的に、卒論に取り組むというのは周りの人からすればどうでもいいような自分事なので、本当は自分にとってやるべきことなのに、疑念を抱いてしまい、そこからは、「自分はどうなりたいのか」「何が正しいと思っているのか」「未来でどうなるのか」「卒論は将来像のために本当にやるべきことなのか」などと考える時間が増え、混乱していきました。
終いには、「自分はゴミである」「自分はこんな事もできない」「自分に価値はない」と本気で考えるようになる始末。
自己不信ってほんまに危ないらしい
そのように、考えすぎな日々を送ってネガティブに落ちまくっていたある日。
生活費の足しを稼ぐために向かっていたアルバイトの通勤中にこの動画を見て、急に客観的に自分を見れるようになり、笑ってしまいました。(笑)
それがこれです。▼
この動画をすーーごく簡単に書くと、
人間が最も危険な状態が『自己不信』だということです。
「自分はゴミである」「自分はこんなことも出来ない」「自分に価値は無い」「他の人が進めている中、自分は何かに振り切って進められておらず、情けない」と本気で考えるようになっていた停滞時期が、まさにその状態でした。
この動画を見た瞬間、そのときの状態が全て説明され、
よくよく客観的視すると、考えていたことなんてとってもどうでも良くて、そう思うと重かった肩の荷が全て落ちた気がしました。
そういえば、不登校で引きこもっていた時もそんな感じでしたね。(その時は、今回のとは非にならんくらい自己不信だったけど。)
2度あることは3度あるというし、自分の傾向的にもまた自己不信に陥ることは確実に起こると思いますが、今回得た『自己不信という最悪の危険信号』という知識と、この動画を使って対処できそうなので、次は自己不信期間を短くできればなーと思っております。
ってことで、
自己不信ってマジで危ない!
ばいちゃ(˙˘˙ ミэ)Э