「ステパンチコヴォ村とその住人たち」

「ステパンチコヴォ村とその住人たち」
ドストエフスキー

“都会で暮らす主人公は、育ての親であるおじの召使から、故郷での異常事態について知らされる。祖母に取り入った居候が口八丁を弄して家庭の権力をほしいままにしているというのだ。彼と対決すべくかの地に向かうが、癖のある客人や親戚たちの思惑にも翻弄され、予想外の展開に…。”

ドストエフスキーがその流刑時代の人間観察の成果をありったけ注ぎ込んだ傑作喜劇です。流刑囚の作とあって文壇からは黙殺され、知名度は低いですが、(借金に追われた後期と違い)有り余る時間で推敲を重ねただけに完成度は凄まじい。宗教や革命などの重いテーマが無い分、軽い感じなので読みやすいです。

が、内容のぶっ飛び具合とアクの強すぎる登場人物達は、もうここにドストエフスキーの人物造形の真髄が現れています。
ドストエフスキーお得意の、序章から一癖も二癖もある登場人物が勢揃いして読んでる方も大混乱させられるのですが(無垢な叔父、居候に心酔する祖母、その取り巻き、美人家庭教師、無口な傍観者、皮肉屋とその母親、道化の男、色狂いの女、老いた執事に美少年etc...)、満を辞して叔父と祖母にとり入って故郷に君臨する“怪物”フォマーが遅れて登場すると、全てが消し飛ぶようなインパクトがあります(笑)

思わず、なんでそーなる!?という展開の連発で、「勝手にしろ!」と完全に主人公と気分がシンクロして本を投げ捨てたくなるのですが、そうなったらもう術中です。
この怪物居候のフォマーがどのような末路を迎えるのか見届ける、、もうその執念だけで主人公は屋敷に残り、読者はページをめくるのですが、、、、

、僕は本書のクライマックスからエピローグにかけての展開は、率直に言って相当深く驚かされました。びっくり!というよりは、うぉぉ、そういう着地になるのか、、と。これはちょっと初体験の感覚。
物語を締めるということは全く生やさしいもんじゃ無いなと実感しつつ、
ここ最近で一番、読んでよかったと思える一冊でした。

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