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悪名貴族の令嬢だったので彼のために死にました。〜まさか転生するとは〜①2024/09/14更新

序章
 その日、イグニア王国フローレンシア侯爵領州都オスマンサスにて、悪名高きフローレンシア家当主ジオルグ・フォン・フローレンシア、以下その妻、3人の子供たちのうち2人が屠られた。
 そして、最後の1人も後を追うように…。


 フローレンシア家最後の生き残りとなったフィオナは開け放たれた窓から解放軍の勝利を知らせる鐘の音を聞いていた。どこかで虐げられた民たちの歓声が聞こえる気がする。
 以前の自分であれば城の外の世界なんてどうでもいいものであり、一切の興味も湧かなかった。だが、今では前線にいるだろうあの子のことが気がかりでならず、信じたこともない神にすら祈る気持ちで彼の無事を祈り続け、ようやく肩の荷が降りた気がした。
「ーーーおい」
 ぶっきらぼうな男の声がした。窓辺に置かれた椅子に腰掛けていたフィオナはゆっくりと振り向く。狭い質素な一室のドア前に立った長槍を持った青年は会った時から険しい顔のまま、部屋の中央に置かれたテーブルの上を示す。テーブルの上には小さな小瓶。
「わかってるわ」
 感傷に浸る間もない。勝利を掴んだ彼はきっと真っ直ぐにここに向かってくるだろうから。フィオナはノロノロとした動きで椅子から立ち上がる。窓の外から自分の名を呼ぶあの子の声が聞こえたような気がしてわずかに動きを止める。城からこの街外れの荒屋まで来るには半刻はかかる。これはきっと自分の思い込みだ。
 フィオナが自嘲気味な笑みを浮かると青年が警戒したように槍を握る手に力を込めたのがわかった。
「何もしないわ。穢らわしいオスマルクがいるこんな世界に興味はないもの」
 フローレンシア家の圧政に苦しむ哀れな民を救った英雄エリオット・オスマルクの名はきっと後世まで長く伝わるだろう。
フィオナは小瓶を手に取り、壁に寄せられたベッドの縁に腰掛けた。
 小瓶の蓋を開ける。悪臭が鼻につき、むせ込みそうになるのを我慢した。
「私は誇り高きフローレンシア。お前たちみたいな虫ケラに犯されるくらいなら、死んだ方がマシだわ」
 いかにも悪役らしく呟けば、青年がフィオナの悪態に耐えかねたように槍の石突でドンと床を鳴らした。ふん、と笑ってフィオナは毒を煽る。喉を焼く熱い感触が胃の中に落ちていくのがわかった。ベッドに仰向けに横たわり、硬く両手を握りしめる。すぐに激しい頭痛に胸痛、呼吸が困難になった。

 さよなら、エリオット。できたらあなたが作る新しい世界を見たかった。だけど、私はフローレンシア。私が生きているせいであなたがこれ以上、余計な苦しみを味わうことは嫌なの。
 でも、できたら最期にあなたの顔を見たかった…。


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