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【映画感想】皆が見逃してる映画『STRANGERS』。「本当の自分」って誰?「映画の面白さ」が伝わるサスペンス/ミステリー、そしてホラー

『STRANGERS』 監督・池田健太
菊川のミニシアターStrangerで観賞

いびつな世界と、美しいわたし

菊川駅すぐのミニシアターStranger

東京は映画都市です。新宿と渋谷には多数の映画館があり、有楽町エリア、池袋、立川も映画の街と言えます。その上、旧作メインの名画座や、見逃した良作を少し遅れて上映してくれる二番館。また、そこでしか上映しない映画があるミニシアターも、目黒、大森、高田馬場、下高井戸、神保町、東中野、田端、下北沢など幅広い街にあります。

都営新宿線の菊川駅は、知らない方も多いかもしれないマイナーな駅ですが、秋葉原駅から乗り換えた岩本町駅から7分という、実は都心にある駅です。その駅を出てすぐの立地にある映画館「Stranger」は、2022年にできたばかりの新しいミニシアターです。

カフェ併設のオシャレな映画館です

映画館「Stranger」は、封切り新作。見逃した新作。ゴダールからダリオ・アルジェントといった幅広い巨匠の名作。アートアニメから商業アニメまで、独自のセレクトで上映してくれる嬉しいミニシアターです。

ちなみに、映画『STRANGERS』と、この映画館の名前がほとんど一致しているのは、刃牙で言うところの「シンクロニシティ」であり、別にこの映画館が出てくる映画というわけではありません。

訪問した日のラインナップ

オシャレで綺麗なロビー兼カフェには、その時々に合わせて映画愛が感じられるディスプレイが見られます。

映画『石がある』のディスプレイ

この日ディスプレイされていた『石がある』は、2024年9月公開の単館系映画です。このタイミングでプログラムしたのは、おそらく主演の小川あんさんが、映画『STRANGERS』にも出演しているからだと思われます。

映画館「Stranger」のプログラムは次々と変わっていくタイプの構成ですが、かなり細かいところまで上映作同士の関連を考えて組まれていることが分かります。

映画『STRANGERS』は、この記事を書いている2024年12月2日~6日の時点では、日本でこの映画館だけで上映されている貴重な作品です。

人生に疲れた女性と、謎の女

派遣として会社勤めしている主人公「直子」。彼女は、過去に婚約者の浮気相手がストーカー化したことがあるらしく、まだそれを引きずっています。

婚約者は今でも反省の様子が無いようで、何かにつけ言い訳して家に帰ってこない日が続いている様子…? さらに、勤務先の上司も、派遣社員への差別意識が露骨なパワハラ野郎。給料も家賃滞納してしまうほど安い。日々の生活に何の楽しみもない彼女は、明らかに疲れ果てています。

彼女の同僚の派遣社員の中には、遅刻の常習犯にも関わらず、何故か注意もされず、ひいきされている「山口紗季」という女性がいます。噂では、その上司と付き合っているからひいきされてるんじゃない?、とのこと…

「山口紗季」は、いつも青い服を身につけた綺麗なファッションで、オフィスの中で目立っています。

直子は会社の近くの公園で「山口紗季」が複数の男性とデートをしている姿を目撃してしまい、気になって尾行。ですが、直子はかなりのドジっ子行為を連発。尾行はバレてしまいます。

ところがそれをキッカケに、直子と「山口紗季」は急接近。何故か仲良くなってしまいます。そして「山口紗季」から、出会い系アプリのサクラとして架空の人物を演じ、様々な男性とデートしてお金を貰っている。という話を聞きます…

「嘘」の出会い系アプリで「本当の私」になる?

一緒に楽しく夜遊びした翌日、突然音信不通、行方不明となる「山口紗季」。朝、タクシーで一人で目覚めた直子の手に握られていた「山口紗季」のスマホを調べても本当の情報は皆無。

残された手がかりは、嘘のプロフィールと加工した写真が掲載された出会い系サクラアプリだけです。

アプリ内のプロフィール写真

アプリの運営から電話があり、次のサクラ依頼を持ちかけられた直子は、事情を説明し断ろうとします。しかし運営は「山口紗季」が本当は誰かなど、どうでもいい(!)という態度。直子は「山口紗季」として仕事を引き継いでしまいます…

会ったこともない依頼人から詐欺の依頼を受け、人を騙しお金を受け取る。今話題の「闇バイト」に近いものがあります。普通ならすぐトラブルや犯罪に巻き込まれそうな話です。

ですが、「山口紗季」から贈与されたスマホ/アプリにより、架空の人物を演じてひと時のロマンスを体験。高額報酬をデート相手から貰うようになった直子の意識は変わります。生活改善運動に取り組み、お部屋を綺麗に飾り付けます。趣味のお裁縫にも取り組み、ファッションも「山口紗季」を模倣した綺麗な姿に。外見も内面も変わり、皮肉にも「普通のつまらない生活」をしていた時よりも幸せになっていきます…

複合的な面白さが絡み合うミステリー

映画『STRANGERS』は、様々な謎が散りばめられたミステリーです。ベースは、失踪した「山口紗季」の影を追いかけたい直子の物語です。しかし要素はそれだけではありません。

全く家に帰らず姿を見せない婚約者。再び自分の近くにいるらしきストーカーの気配。サクラを演じデート相手を騙す犯罪映画要素。架空プロフィールの正体不明男性とデートするスリルと偽のロマンス。次第に見えてくる、直子の周囲の一見普通の人々の方が「狂っている」のでは?と思わせる不穏さ。その「狂っている」かもしれない登場人物たちの読めない行動。終わることのない不可解な出来事。それらの要素が絡み合い、確かな映画の力で展開します。

邦画/洋画の巨匠たちの遺伝子を引き継ぐ「映画の面白さ」

入場者特典として配布された冊子において、池田監督はアルフレッド・ヒッチコック監督や黒沢清監督好きと述べています。その通り、映画『STRANGERS』には、そのLOVEがいたるところに見られます。

直子が「山口紗季」を尾行したり、後に町中で見かけた「山口紗季」のように見える後姿を追いかける場面は、ヒッチコックの『めまい』(1958年)のような雰囲気があります。撮影地のメインとなる場所は多摩センター駅周辺なのですが、東京郊外の人工的な街でヒッチコック的なサスペンスが展開すること自体が、不思議な感覚になり面白いです。

映画『STRANGERS』には、イライラ焦燥したヤバい人もいっぱい登場。映画はイラつく通り魔にぶつかられるシーンから始まります。2024年で最も怖い映画、黒沢清『Chime』の女性版のような要素もあります。また、嘘のデートアプリというグレーな現代システムで荒廃した社会をサバイバルし、金儲け&自己実現に取り組むという点では、同じ黒沢清監督の『Cloud クラウド』とのシンクロニシティも感じられます。まず、何をおいても、黒沢清ファン(つまり、シネフィルやホラー映画マニアのみなさん)には確実におススメの作品です。終始ニコニコ笑顔で観賞できます。今日か明日観てください。

黒沢清ファンがニコニコになるショット多数

さらにこの作品には、洋画/邦画問わず多くの巨匠監督の遺伝子(影響・リスペクト)を感じます。それら遺伝子は、私がハッキリとは把握できないものも含め数多く存在します。しかしそれは、観賞された方それぞれが自身の映画経験を元に感じて楽しめばいいことなので、多くは書きません。

私が感じた雰囲気を少し挙げれば、先の文でヒッチコックの影響について書きましたが、そのヒッチコックを敬愛している巨匠、ブライアン・デ・パルマ監督のようなエレベーターさばきやデパルマ調の雰囲気が感じられる時間がありました。

また、サクラデートアプリで嘘の自分を演じて世界の見え方が一変する、という展開は、岩井俊二監督の最高傑作『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)における、別人になりきる詐欺の要素や、つまらない生活を送る女性が謎の女性と出会い人生が変わる、という要素と通じます。

そのような、幾多の邦画/洋画の巨匠監督の遺伝子が感じられる映画『STRANGERS』。しかも、それらの要素は、新人監督がやってしまいそうな、単なるパロディや小ネタというわけではありません。リスペクトした多くの映画を自分の血肉に昇華し、「面白い映画」を作る力にしています。つまり、純粋に映画が上手いのです。(池田監督が好きと言っている黒沢清監督は、まさにこの「多くの映画を自分の血肉にしている」監督でもあります)

ホラー映画の面白さ怖さは1種類だけじゃない

映画『STRANGERS』は、謎多きサスペンスミステリーでありつつ、荒んだ社会に適応して生活している普通の人はみな「狂っている」のでは?と問いかける社会批評映画でもあります。そして、私の大好きなタイプの「実はホラー映画」な映画でもあります。特典冊子によれば、池田監督はホラーだと思って作ってはいなかったそうです。しかし、ダメ元で宣伝用推薦コメントを黒沢清監督に依頼してみたところ、こんなコメントをいただいてしまいます。

後姿が恐い。静寂が恐い。
掛かっている服が恐い。
そしてまわりの人はみんな恐くなる。
これぞまさに現代ホラーのスタンダード。

『STRANGERS』特典冊子より引用

映画『STRANGERS』は、黒沢清監督の魂の子供のような作品でもあるので、このコメントの通りの「恐い」作品であると言えます。ところが、同じく推薦コメントを寄稿している事故物件サイト管理人 大島てる は以下のようなコメントを寄せています。

いい意味でこわくない、さわやかでテイスティな映画だと感じました。
ホラーと言われただけで避けてしまうような人こそ観てほしいです

『STRANGERS』特典冊子より引用

これらを読むと、え?恐いの?こわくないの?どっちなんだい?
と思われるかもしれません。ですが、この両コメントはどちらもこの映画のことを捉えています。大島てるさんのコメントにある、「ホラーと言われただけで避けてしまうような人こそ観てほしい」という思いは、私も同じです。

私は、会う人会う人にチャンスを見つけては面白い映画をおススメしようと試みているのですが(←!?)、世の中には「ホラー映画は絶対無理」派の方がかなりの数存在しています。

確かにホラー映画の中には、人間が感じる「恐怖」を追求した心底恐い映画があります。そういった作品は、「怖い」のがマジ苦手な人には厳しいかもしれません。また、ホラー映画の大きなサブジャンルの一つ「スプラッター」においては、どれだけ残酷な表現ができるか挑戦をしている面があり、血やグロテスク描写が苦手な人はそれが無理というのも分かります。(私はかなりホラー映画好きですが、映像の残酷さやグロテスクさに特化して他の面白さが無いタイプのホラー映画はあまり好きではありません。健康診断の採血の時に自分の血液も見たくないです)

しかし、ホラー映画の恐さや面白さというのは、震え上がるような「恐怖」や、目をそむけたくなるようなグロテスクシーンだけにあるのではありません。それは、ホラー映画の名作をしっかりと観賞していくと理解できるようになりやすいです。

少しだけ過去の歴史的名作をピックアップして例に挙げるなら、ジョージ・A・ロメロ監督『ゾンビ』(1978年)にある面白さは、ゾンビという怪物そのものの怖さというよりも、その大群に包囲された状況をいかに切り抜けるかという活劇の面白さであったり、絶望の状況でむき出しになる人間の本性。現実にそのような事件が起きたら世の中はどうなるかのシミュレーション要素(SFの範疇)。「ゾンビも人間もやっていることは大して変わらないのではないか?」といった社会批評のメッセージなどにあります。

また、ダリオ・アルジェント監督の代表作『サスペリア』(1977年)においては、震え上がって夜に眠れなくなるような怖さよりも、冒頭の空港に降り立ってから継続する何か嫌な予感の不穏さや、現実離れした赤い館の色彩の幻想的な美しさ。その空間で美女が信じられないショッキングな目に遭う倒錯感。インパクトのあるショックハプニングのギョッとする感じだったりにその面白さがあります。(公開当時のポスターのキャッチコピーは有名な「決して ひとりでは見ないでください」というものですが、「サスペリア」は怖いというよりもワンダフルな映画なので、別にひとりで見ればいいと思います)

この映画『STRANGERS』も、怖い顔の幽霊が急に出てビックリさせるような即物的な怖さや、殺人鬼が人の首を丸太切りしてありえない量の血が飛び出まくるような怖さは皆無です。(大島てる が言及している「いい意味でこわくない」は、そういった意味も含まれていると想像できます)

自分の記憶に自信がなくなり、夢と現実の境界がわからなくなるような感覚。嘘の自分を演じるうちに、「普通の生活」をしていた自分も、嫌なことを我慢し、自分に嘘をついて演じていたに過ぎないのではないか?と気づいてしまうアイデンティティの揺らぎ。誰もが外で目撃する「異様にイラついている人」「急にキレる人」への不安感。自分が普段接している「普通の人」が、実は狂ってるんじゃないか?という疑念。誰かが自分を常に監視しているのではないか?というような不安。映画『STRANGERS』を観ると、そのような繊細なグラデーションの「恐さ」を味わうことができます。

ホラー映画ファンは当然観に行くべき映画です。そして、ホラー映画が苦手な方も、良いホラー映画が表現する多彩な「恐さ」の面白さを理解することができる貴重な機会です。面白い映画を探しているみなさんも、観られるチャンスの多い大作は後回しにして、ぜひ映画館に行ってください。

⚪️2024/12/12追記
菊川Strangerでの上映は終わりましたが、公開される映画館が増えたようです。ぜひご覧ください。
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愛知 刈谷日劇 (刈谷市) 12月20日(金)〜
東京 K2(シモキタ - エキマエ - シネマ)(下北沢) 1月4日(土)〜
京都 出町座 (出町柳)2月7日(金)〜

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