上っ面研究記⑶「遠藤周作」

上っ面研究記⑶「遠藤周作」

遠藤周作についての講義は、学部の頃から有りましたが、講義に必要な、遠藤周作の小説の文庫本を、初回から忘れるなど、かなり無関心でした。案の定、講義が始まり、自分が小説を持って来ていないことが分かると、何と、先生から、これをあげる、とのことで、先生の持って居た遠藤周作の小説の文庫本を貰うに至り、驚きでしたが、何にせよ、最後まで無関心でした。

端的に行って、自分には、キリスト教精神と言うものが良く分からないので、遠藤周作の小説を読んでも、正直意味不明でした。それでも、確かその講義の単位は貰えた記憶が有ります、多分ですけど。院に行っても、無関心は続き、ほとんどまともに、読み通せませんでした。院に行ってるくらいなら、一通りは読んで居ないと、おかしいんですが、やはり無関心。

で、時は経ち、3、4年前に、映画の『沈黙』が、テレビで放送していたので、ふと思い出した様に、録画し、映画『沈黙』を観ました。すると、何か壮大な感じを受け、最後の場面まで観て、キリスト教精神とはこういうことなのか、と言ったものが感受出来ました。それ故、遠藤周作の小説を、まともに最初から最後まで知ったのは、この『沈黙』の映画によってだったのです。今更、研究に向かうべき知識も、ほとんど無く、上っ面の、更に研究したとも言えない、上っ面研究記⑶は、「遠藤周作」になりました。

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