『人と対立したときには』
けいこさんは、漫画のネームを机に置いたまま、
大きなため息をついています。
ふみおくんは、その様子を見て心配そうに声をかけました。
「おねえさん、どうしたの?」
「実は今日、新卒の男性編集者と、喫茶店で初めての打ち合わせとしたんだけど、意見がぶつかっちゃったの。
『ここを直せ、あそこを変えろ』って、まだ全然仕事を知らないくせに、ベテラン編集者のような口をきくの。
それで、とうとう我慢できなくて……」
「コップの水、かけちゃったんだね。その編集者さんに」
けいこさんは、目を丸くして答えました。
「……な、なんでそれ知ってるの!?」
「いま、魔法で見てきたの。細長い目で、ピカピカのスーツで、絵本に出てくるキツネさんみたいだね!」
「ぷっ、笑っちゃ失礼だけど、そのとおりだわ。
あのキツネくん、新人なのに上から目線で、しかも全然筋が通ってないことを言うんだもの。だから、ついカッとしちゃって。」
けいこさん、普段はおとなしいのですが、理不尽なことには、毅然と立ち向かう気性の激しいところがあります。
「おねえさん、お水かけて、すっきりした?」
「いいえ……、それどころか後悔しているわ。あんなことをしても何も解決しないのよね。」
ふみおくんは、ちょっと考えて、こう言いました。
「あのね、キツネおにいさん、とっても緊張していたの。それに不安だったの、だから、つい、いばっちゃったの。」
「えっ!緊張…。
そう言われれば、私も昔、初めての打ち合わせの時、とても緊張したわ。」
ふみおくんは、窓を大きく開け、空を見上げながら話を続けました。
「あのね、ケンカしそうなときは、雲さんのことを思うといいの。」
「雲さん……?どういうこと?」
「雲ってね、大風が来ると吹き飛ばされちゃうでしょ?
でも、風が止むと、いつのまにかまた戻ってくるの。
ぼく、綿菓子みたいな雲が好きなんだ。
見ていると、気持ちがふわっと軽くなって、幸せになるの」
「綿菓子みたいな雲……」
「それでね、人の気持ちも、雲さんとおなじなの。
ケンカしてると、心に大風が吹いて綿菓子みたいな雲が、
吹き飛ばされちゃうの。
でも、時間がたって、風がやむと、綿菓子みたいな雲が、
いつの間にか戻ってくるの。
キツネお兄さんもそうなるかも。」
「ふみおちゃん、それはどうかしら。世の中は、そんなに甘くはないわ。
本当にどうしようもない人もいるわ」
「え〜と、こまっちゃうけど、そうだよね。
でもね、10人のうち、7人くらいは、
きっとやさしい気持ちを持っているよ。」
「ふ、ふみおちゃんの、いうとおりだわ。
確かにそうだわ、ありがとう!」
ふみおくんは、綿菓子のような雲を見ながら、こう言いました。
「あのね、おねえさん。今度からは、カッとなったら、
自分の、怒っている心に、お水をかけたらどうかなあ。」
「あ!それ、いいアイデア、それなら、ケンカにならないわね。」
けいこさんは、頭の中で、自分が自分にコップの水をかけている姿を、
想像すると、思わず笑いがこみ上げてきました。
「おっかしい!あはははは」
笑うたびに、けいこさんのモヤモヤは、どんどん晴れていきます。
「あ、おねえさんの、心のお天気、快晴になったね」
「ほんと!それで、青空の中に、綿菓子雲がしあわせそうに、浮かんでるいわ。」
「うん。お天気がおだやかになると、やさしい気持ちが、どこまでも広がるね」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
対立する状況は避けられないものですが、その瞬間に相手のやさしい部分や可能性を信じることができれば、自分の気持ちも少し楽になります。
ふみおくんの「雲の話」のように、気持ちを整理することで、対立の先に新しい可能性を見つけるきっかけが生まれるかもしれません。それは「心のやわらかさ」を持つための第一歩です。
★今日は、こんなひとかけらを、お届けしました。
今日のひとかけらが、あなたの心に少しでも晴れ間を届けられますように。