長篠設楽原合戦ゆかりの史跡巡り(後編)
昨日は過去に訪れたことがない、長篠設楽原合戦ゆかりの史跡巡り、周辺のお城を訪ねてきました。
(後編です)
後半は前に寄ってない史跡や陣所、城趾によりました。
設楽原古戦場はカルタの看板がそこかしこにあって、白くて目立って面白いです。また、五七五でよく記憶に残ります。
noterさんの記事にあった、織田信長・徳川家康が戦勝祈願した石座神社にも寄ってみます。一帯は弥生時代後期から古墳時代前期に栄えた大集落跡でもあったみたいです。
https://note.com/calm_oxalis631/n/nebca771364a1?sub_rt=share_pw
それから欠下城趾↓ 主郭に廃墟の建物があり、ちょっと怖いですが、帯曲輪や土塁はよく確認できます。
大谷城趾↓ 山家三方衆のひとり田峯・菅沼氏の定忠が築いたとも、定忠の子定広が築城したともされています。城主は、定広とその子の定継が知られているそうです。曲輪も削平が甘く、明確な遺構がないようですが、なんとなく段曲輪があります。
夷城↓ 城主に奥平土佐守定雄が知られており、新城城主奥平信昌の4男の忠明が産まれたと場所とされているそうです。
それから、設楽原合戦城織田信忠本陣地↓
同じく北畠信雄本陣地↓
もうちょっと歩き回れる余力があったけど、お腹が空いたし、電車の時間がちょうどよかったので、帰りました〜☺️
気候も良く楽しい散策でした。また来たいです!