はじめての雪山
一番キライな季節は冬だというのに、長野に住む友人に誘われて、人生初の雪山登山に行ってしまった。
雪山と言っても、ヒマラヤ山脈や日本アルプスのように「ガチ」の厳しい山ではなくて、スキー場もついているタイプのお手頃な山だ。
山のふもとから地道に登り始める必要がないので、スキー場のリフトに乗って、そのまま雪の中を小一時間も歩いていれば山頂についてしまう。
友だちと行ったという安心感もあるけれど、はじめての雪山登山にはうってつけのロケーションだった。
列車を乗り継いで長野県にやってきた。今回登ることになっている入笠山には、JR中央本線の富士見駅から向かう。
標高は1, 955m。地図で見ると南アルプス(赤石山脈)の一番北側にあって、山麓にはスキー場(富士見パノラマリゾート)もあるような、比較的にぎやかな山だ。
ふもとからはゴンドラが運行されている。
700mぐらいの高度を一気に上がり、5分後にはもう1700mぐらいの高さまでたどり着く。途中までスキー場の中を通るので、スノボやスキーをしに来たのかと錯覚しそうなほどだ。
ふだんウィンタースポーツとは縁遠い生活をしているので、ゲレンデを見るのも5年ぶりぐらいだった。スキーよりはスノボをしに来ている人たちが多い気がする。そういえば同年代の友達を思い浮かべても、スキーよりもスノボ人口のほうが多い。
ボードを担いだ人たちに混ざって、ぼくたちもゴンドラに乗った。これから山に登るというのにゴンドラに乗って上がるなんて、ちょっとインチキをしてる気分にもなる。
スキー場のリフトや、ロープウェイのような乗り物は、実を言うとわりと苦手だったりする。
風で揺れたり、途中で止まったりするのがこわい。そうでなくても、物理的に「支えるものが下にない」と言うだけで、不安が増幅されてしまう。
同じように飛行機の縦揺れも苦手だ。気流の乱れで機体が縦にグラグラ揺れたりするので、天気の悪い日に飛行機に乗ってしまうと、とても気分が落ちつかない。
そんなわけで、ゴンドラに乗る前には少しドキドキしてたけど、幸いなことに風もほとんどなく、天気がたいへんに穏やかだったので、なんの心配もなく降りることができた。
友だちから借りてきたアイゼン(靴の裏につけるカギ爪のような道具)を付けて、いよいよ山を登り始める。
サクサクと、金属の爪が雪に刺さる音が聞こえてくる。
思ったよりも歩きやすい。はじめてのアイゼン装着も、YouTubeで付け方を予習してきたのでそれほど困らなかった。
アイゼンを使って雪道を歩くのは初めてだった。雪に刺さる感覚を楽しみながら、比較的なだらかな道をてくてくと進んでいく。
ぼくは雪道に慣れていない上に、そういう道具を使ったこともなくて、雪の日に外を歩こうという気にならなかった。でも今こうして道具をつけることで、いままでどちらかと言えば「おっくう」に感じていた雪も、とても快適で楽しいものになった。
ほんの少し道具を追加するだけで、行ける場所がぐっと増えていく。その経験の繰り返しは、自分の中の狭い世界を一気に広げてくれる。
ゴンドラを降りてから、かれこれ1時間ほどで山頂についた。少しだけ急な箇所もあったけれど、基本的には穏やかな道でそれほどハードではなかった。
雪の積もった山はとても静かだ。雪はさまざまな音を吸収する性質があるので、夏山なんかとは比べ物にならないぐらい音が少ない。
静かな山道は歩いていて気持ちがいい。顔に冷たい空気があたって少し痛みを感じるけど、そんなことは気にならないほど心地よい。
びっくりするほどの快晴だった。雲ひとつない青空がどこまでも続いていた。遠くまで見渡せるような、気持ちのよい天気だった。景色が美しいので冬の登山が好きになった。
頂上では景色を見たり、お湯を沸かしてお茶を入れたりした。コーヒーも普通に飲むけれど、どちらかと言えばぼくはお茶の方が好きだ。
(きっと)イギリス人のように山の上でもお湯を沸かし、マグカップに紅茶のティーバッグを入れて飲む。(彼らが山の上でもお茶を入れているのかどうかは、あまりよく知らない)
温かい飲み物を飲みながら、360度に広がるパノラマビューを眺めた。八ヶ岳や富士山、北アルプスの方までよく見える。冬は空気が澄んで、青々とした空の向こうにどこまでも景色が続いているのがわかる。
長野に住む友人曰く、ここまで天気がよく景色が美しい日もめずらしいらしい。きっと僕たちの運が良かったのだろう。
2022年の初登山は、とてもよい景色に恵まれたスタートになった。
一気に山を降りて、あっさりとふもとに帰ってきた。
行って帰って、往復で3時間ちょっと。登山と言うにはかなり短くてお手軽なコースだったと思う。
それでも、生まれてはじめてアイゼンを付けて雪道を歩いたり、冬ならではの美しい景色を見ることができたので、十分満足だった。
まだまだ歩きたい気もするけれど、少し物足りないと思うぐらいが丁度いいのかも知れない。その物足りなさは、次の目的地に向かうためのモチベーションになる。
今回の登山は、自分にとってあたらしい世界がまた一つ開けたような気がした。2022年もいろいろな場所に行き、たくさん驚いて、たくさん感動できるような経験を積んでいきたい。
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