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自分で決める。みんなでつくる。
生まれてはじめて、個展を開催した。
たった一人の小さな展示だ。少しの間、会場に僕の写真だけを飾ってもらえることになった。
僕は写真とあまり関係のない仕事をしつつ、個人での仕事・活動として写真を撮っている。そんな僕が写真の個展を開くことになった。
もっとも、大きなギャラリーを何週間も借りるわけではない。費用などを考えるとそこまでベストを尽くすことはできない。
幸いなことに、知人が経営する高円寺のコーヒースタンドを会場として使わせてもらえることになった。その上、計2週間という長めの期間にわたって展示を行えることになった。
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あたりまえの話だけど、写真展をはじめる上で一番最初に必要なことは、展示する写真を選ぶことである。
今回のように小さな展示でも、最初は数百枚という候補の中から選んでいく。その中から適切な写真の組み合わせを選び、また順番について考えなければならない。
写真を撮る時と選ぶ時では、おそらく全く別の技術が要求される。全体の中での流れ、個々の色・形・意味のパターンなど、さまざまな観点から構成を考えるためには、普段の頭の使い方を完全に切り替える必要があった。僕には訓練が必要だ。
たとえ1枚でよく見えたとしても、それが複数並べた上でのベストとは限らない。それだけでなく、元々何の関連もないような写真同士でも、並べられた瞬間、まったく想定していなかった意味と解釈が生まれることもある。
だからこそ写真を並べる作業はとてもむずかしい。でも一方で、そんな奥深さこそがおもしろさの理由なのかもしれない。
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展示に合わせて、ZINE(小冊子)を作成した。
これも人生はじめての試みだ。仕様をじっくり考えた上で、A5版32ページの冊子に仕立てた。
僕はほぼすべての写真をデジタルで撮影している。ディスプレイを見ながら作業することが大半の僕にとって、実際にプリントした写真を並べながらレイアウトを組み、入稿したものを冊子にする作業は刺激的だった。
ディスプレイ上の表示とは異なり、印刷物の見え方はさまざまな要素によって決定される。例えば印刷方法、紙の種類、紙の大きさ、紙面上のレイアウト。こうした一つ一つを少しずつ変えていくことで、写真の見た目は驚くほどに変化する。
今回その印刷をお願いしたのが、長野県松本市にある藤原印刷さん(@fujiwara_printing)だった。普段は本屋さんに並ぶ書籍を数多く手掛ける、まさにプロ中のプロと呼ぶべき方々だ。実を言うとご縁あってたまたま紹介していただき、その結果、たいへん贅沢なことに僕のZINEを印刷していただくことになった。
個人制作かつごく少量の印刷しかオーダーしないにも関わらず、とても親身に相談にのっていただいた。印刷のことを何も知らなかった僕にとっては、とてもいい体験になった。
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本格的に展示準備を始めたのは、会期のおよそ1ヶ月ほど前だ。
写真の選定やZINEの編集などを経て、次々とデータの入稿を進めていく。小さな展示とはいえ、必要なものはそこそこある。写真のプリント、ZINE本体の印刷、そして告知用のDM(ハガキ大の小さな印刷物)、会場に置くポストカードなど、こだわろうと思えばきりがない。
毎日の準備をこなし、とにかく締切に遅れないように入稿していく。正直に言えば、準備を進めるだけ精一杯なことも多かった。中にはさまざまな理由から「妥協」を余儀なくされた部分も多い。
こうした準備作業の一つ一つは、結局何度も経験を重ねることでしか上達しないのだろう。時に予想外の結果に戸惑ったり焦ったりしながらも、刻々と近づく開催日に向けて、できることを淡々と進めていった。
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10月下旬、ようやく展示が始まった。
いざ展示が始まってみると、こちらが予想していた以上に自分の写真を見てくる方がいた。その中からZINEのサンプルを手にとってくれる方がいて、そして実際に購入してくださる方がいたことに驚いた。
加えて、プライベートの友人や、仕事でお世話になった人などさまざまな人達が会場までやってきてくれた。中には10年ぶりぐらいに顔を合わせた学生時代の同級生もいた。
そんな彼らがお店でコーヒーを買ってくれ、雑談を楽しんだり、ZINEやポストカードを手にとってくれる。そのありがたさは、日が経つにつれてますます膨らんでいった。
貴重な時間を使って会場に来てくれる。それは決してあたりまえのことではない。誰かが実際に「移動」してやって来てくれることの重み。いまこんな時代だからこそ、僕たちはより強く実感することができる。
会場となったお店には、来てくれた人たちの穏やかな表情、じっくりと展示を眺める姿、そしてコーヒーを飲んで一息つく方々の光景があった。この景色を見るために、僕は展示に挑戦したのかもしれないと思った。
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創作活動というのは「未経験」と「想定外」の連続だ。
自分がかつてやったことのない挑戦を乗り越え、時に予想外の事態に対するとっさの判断を余儀なくされる。もちろん一人だけではなく周囲の友人やプロの手を借りながら少しずつ前に進む場面も多い。そういう意味では、展示というのは「みんなでつくる」ことの集大成でもある。
しかしあくまでも大切なのは「自分で決める」ことだ。自分で決めることで、その判断に対しての納得感を高めることができる。自分で一つ一つを決めて前に進むことでしか、僕たちは何かを得ることが出来ない。
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自分で決める。みんなでつくる。そして見知らぬ誰かが見てくれる。
その小さなサイクルを次々と繰り返していくことで、やがて目の前に想像もしなかったような景色が広がっていくのだということを、僕はこの1ヶ月ほどで感じられるようになった。昨日まで自分がゴールだと思っていた場所は、明日からは単なる通過点に過ぎないのだ。
僕はこれからもなんとかして写真を撮り続けながら、自分の世界を広げていきたい。同時にその過程を誰かと分かち合いつつ、周りの人たちと一緒に何かを作り上げながら、ほんのわずかでも見知らぬ人に自分の見た世界や体験したことを見てもらいたいと思っている。
それが誰かにとってのちょっとした喜びや刺激になるのであれば、少なくとも自分が何かを作る意味があるはずだ。
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最後になりますが、会場を提供いただいたINC COFFEEさん(@incocoffee2020)、ZINEの印刷で大変お世話になった藤原印刷さん(@fujiwara_printing)、そして藤原さんを紹介いただき、いつも応援してくださる平松佑介さん(@hiramatsuyusuke)を筆頭に、わざわざ展示に来てくださったり、あるいは制作にあたってアドバイスをくださったみなさんに、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
追伸:展示はすっかり終わってしまいましたが、ZINEはひそかにオンラインでも発売中です。もしご興味持ってくだされば、下のnoteと合わせてご覧いただけると幸いです。