見出し画像

英語読書記 (4) アングロサクソン時代の季節感

Winters in the World: A Journey through the Anglo-Saxon Year. By Eleanor Parker. London, Reaktion Books, 2022.
272 pp. ISBN: 9781789147735


アングロサクソン時代の暦と生活を紹介した良書。

キリスト教の行事がどのように過去の土着信仰と融合していったかなど、とても興味深い。古英語の文献を紹介しつつ、昔のイギリス人(アングロサクソン人)が季節の変化をどのように意識していたのか、それがどのように生活と結びついていたのかなどを巧みに紹介している。しかし、古英語に興味がある私だが、この本を読んだのは学術的な関心からではない。

私は長年イギリスに住んでいて、日が短くなる冬至の頃だと朝は8時半頃まで暗く、夕方は4時頃には暗くなってしまうのに、昔の人ってどうやって生活していたんだろう、などとふと思うことがある。この本は、1000年くらい前の時代に書かれた古英語の文献を紹介しつつ、そういう素朴な素人の好奇心を満たしてくれるのである。

1つ例を挙げてみよう。第3章 (pp. 81–86) では、11世紀の写本に詳述されているÆcerbotという習慣が紹介されている。これは、たとえば不作になった耕地が豊作になるよう願って行う、何日も要する複雑な儀式である。それを簡単に説明すると、不作になった土地の四方から芝を切り取り、その芝片(?)にオイル、蜂蜜、イースト、聖水、そしてその土地で放牧され、その草を食べた牛の牛乳をかけ、それを教会に持っていき、四回のミサで祝福してもらったうえで、再び当該の耕地にその芝を戻すという儀式である。その儀式で大地に対しhal wes þuという言葉を唱えるのだが、古英語では、ちょっと違う語順のwes þu halというフレーズがよく知られており、これは'Be thou well'、つまり「あなたが健康になりますように」みたいな意味で、相手の健康を願う挨拶の言葉だというのである。そしてそれは、乾杯する時に言う挨拶言葉なのだそうだ(確かに、現代でも'To your health!'みたいに言う)。この乾杯するときの挨拶言葉と基本的に同じ言葉を、豊作を願う儀式で土に対して唱えるというのである。この儀式自体は上記の写本に記録されているだけで、他の文献に記録されているわけではないし、その習慣が何百年も続いていたという証拠もみつかってはない。ちなみにこの唱え言葉は中期英語ではwassailという形に短縮され、やはり乾杯の挨拶として使われていたらしい。

それだけなら何とも思わないのだが、面白いことに、16世紀以降、イングランド南部で続いているwassailingという習慣があり、これはクリスマスや十二夜の頃、その年の豊作を願って、たとえばリンゴに木に向かって歌を唄ったり、棒で木を叩いたり、木の根元にリンゴ酒を含ませたパンを埋めたりして、「今年もたくさんリンゴがなりますように」と願うらしいのだ。文献からもそれ以外の記録でも、11世紀の写本に記録された儀式とこのワセイリングのつながりはないので、偶然の一致かもしれないが、こうしてアングロサクソン時代の習慣が歴史の目に留まらないところで脈々と続いていることを示唆している (アングロサクソン時代からの 'a distant echo') 点は感慨深い。

古英語文献に記録されるアングロサクソン時代の季節感や生活感を時代を超えて体験させてくれるような、情緒豊かな、初心者でも読みやすい本だ。

普通なら、日本人が冬にイギリスに行きたいというと、大抵誰もが「そんな暗くて天気が悪くて寒い時期に行かない方がいい、夏の方が日も長くて暖かいから夏にしとけ」とアドバイスするのだが、30年近くイギリスに住む私は、そのジメジメした薄暗いイギリスの冬も大好きだ。そういう陰鬱な日々が続いても、それを耐え抜く現地人には、もうじき必ず草が芽を出して花が咲いてお日様が眩しく輝き暖かくなる季節がやってくるという閑かな楽観的人生観が宿っているのである。それは、常夏の地で育ったような人には理解できない人生観なのかもしれない。だが、そういう季節感が昔のイギリス人であるアングロサクソン時代の文学に生き生きと表現されていることを知って、私は嬉しくなった。そして、そのような思想や人生観を紹介してくれた著者に感謝したい。

長くなってしまったので冬の例についてしか感想を書かなかったが、春、夏、秋の章もちゃんとある。


ちなみに、著者のエレノア・パーカー博士はオックスフォード大学で古英語などを教えている講師だが、History Todayという月刊誌にコラムを寄稿したり、ツイッターで上記のwassailingみたいなさまざまな行事が現代でも行われている様子を年中発信したり、Patreonで加入者向けにコラムを配信したりと、非常に活動的な研究者だ。

日本で古英語に興味を持つ人などほとんどいないかも知れないが、こんな世界もあるんだ、と感じるだけでも価値があると思う。

いいなと思ったら応援しよう!