絶望して生きていく気がなくなったときに聴く音楽
疲労や精神的な負荷が慢性的に蓄積すると、もうダメ、何もしたくないし独りになりたい、と感じてしまうことがあります。そういう時は、「気晴らし」レベルの活動(読書、犬と遊ぶ、Radio 4の好きな番組のため聴きなど)をする気力さえ萎えてしまって、基本的に何もしたくありません。そういうときによく聴く音楽があります。今週は忙しくてあまり本を読めなかったし、昨日がちょうどそういう日だったので、今回は私がそういうときに聴く音楽を紹介しようと思います。
ポジティブ思考になるとか、やる気を出すというように、音楽に何かを求めているわけではありません。言い方は大げさかもしれませんが、ただ魂を慰めてほしいだけなのです。
ちなみにリストした順に意味合いはありません。
1.Vivaldi: Nulla in mundo pax sincera (RV 630)
え?絶望なのにホ長調?と思われるかもしれませんが、絶望だから暗い音楽ばかり聴きたいわけではありません。このモテットの音楽だけでなく、アリアの言葉に救われるのです。
Nulla in mundo pax sincera
sine felle; pura et vera,
dulcis Jesu, est in te.
Inter poenas et tormenta
vivit anima contenta
casti amoris sola spe.
日本語訳がみつからないので、Wikipediaの英訳で失礼。
In this world there is no honest peace
free from bitterness; pure and true (i.e. peace)
sweet Jesus, lies in Thee.
Amidst punishment and torment
lives the contented soul,
chaste love its only hope.
私が好きなのはエマ・カークビー。この人が歌うのを一度生で聴きたかったなぁ。今はもうお歳のはずです。Spotifyとかで検索すればちゃんとステレオの録音が聴けます。
2.Henry Purcell, Dido and Aeneas (Z. 626), Act 3, XI: "When I am laid"
いわゆるDido's Lamentです。悲壮ですね。『アエネーイス』を読んだことのある人ならもっと深い意味を聞き取れるかもしれません。
When I am laid, am laid in earth, May my wrongs create
No trouble, no trouble in thy breast;
Remember me, remember me, but ah! forget my fate.
Remember me, but ah! forget my fate.
これもエマ・カークビーでご覧ください。
3.John Dowland: "Sorrow, Stay!"
これも中世イングランドのリュートで有名な作曲家。
Sorrow, stay, lend true repentant tears,
To a woeful wretched wight,
Hence, despair with thy tormenting fears:
O do not my poor heart affright.
Pity, help now or never,
Mark me not to endless pain,
Alas I am condemned ever,
No hope, no help there doth remain,
But down, down, down, down I fall,
Down and arise I never shall.
もう、そのままで説明いりませんね。素敵なリュートの伴奏で”down, down, down, down I fall”なんて言葉に身と心を任せて、とびっきりのモルトウイスキーをチビチビやって、”Down and arise I never shall”と聴いているうちに、ちょっと「絶望に浸る楽しみ」のような気分にさえなってきます。これは絶対に一人の時間。
4.The Beatles: Eleanor Rigby
作詞・作曲の経緯からすると、もともとこの曲にあまり深い哲学的意味はなかったようですが、ヒット曲ではないけれど徐々にその評価が高まっていったという感じの曲。歌詞がたまらないですね。その孤独感や悲壮感といい、救済を提示しない終わり方が好きで、しみじみと聴けます。
ちなみに、絶望的な気分のときは、好きなクラシックを聴いていても、ピカルディの三度のように希望を持たせる長調のコードで終わるカデンツはちょっとイラッとします。「余計なことするんじゃねぇ」みたいにふてくされてしまいます。こんな愚かなことを書いてしまって恥ずかしいですが、本当にそういう気分になるのだからしかたありません。
『エレノア・リグビー』は、落ち込んだときに聴くというよりは、聴いているとしんみりしてしまうと言った方がいいかもしれません。ビートルズはとても小さい頃から毎日のように聴いていたので強い思い入れがあるのですが、これはもの凄く落ち込んでいるときでも自然と歌ってしまう曲です。
5."Hiljainen Suru" by Slow Moving Clouds
たくさん挙げると読んでもらえなさそうだし、紹介するのは5つまでにとどめておこうと決めたのですが、バッハだけでも軽く10曲は選べるし、レクイエム系もいろいろ思いつくから迷いましたが、べつにトップ5という趣向で書いているわけではないから深く考えず、5つ目は単によく聴く音楽から選びました。
タイトルは若い娘の「暗黙の悲嘆」という意味で、フィンランドの伝統民謡です。他のバージョンも聴いたことがありますが、これが一番魂に響きます。飾りのない、ありのままの歌という感じ。Spotifyでは現時点で再生回数が2万4000回くらいですが、たぶん私の再生が一番貢献していると思います(笑)。
ニッケルハルパという楽器が重圧なチェロと調和して心に響きます。
こちらは別のアーティストですが、アコーディオンもいいですね。
まとめ
悶々とした気持ちでも、一人になってこうしていろいろ聴いているうちに、もうどうでもいい気持ちになって寝てしまいます。「明日は別の日、今日はこのままでいい」と考えて諦めるのです。何も求めないから、正直に音楽に身も心も任せてしまうことができます。リセットするには、(睡眠以外には)そんな無駄な時間がいちばん貴重なのかもしれません。