④『ごまどうふが売れたり、売れたからこそ悩んだり』
ニシノコンサル
今は番組終了していますが、AbemaTVで『株式会社ニシノコンサル』という番組がありました。
キングコング西野亮廣サンと、SHOWROOMやメモの魔力でおなじみ前田裕二サンおふたりの番組です。その番組は、全国各地のお悩みの事業者さんを、毎回1組お招きし、徹底的にコンサルしていくといった内容です。
経緯は省きますが、2018年11月9日、なんとびっくりニシノコンサルの第12回放送に出演が決まりました。
当日はAbemaスタジオへと向かい、打ち合わせ。番組からぼくに課せられたことは「ごま豆腐を売りたいです」のひと言。あとは成り行きで番組進行とのこと。
コンサルを進める上での約束は「できないことには頷かないこと」。逆にいえば「やります」と言ったならやるしかないということでした。
そして番組を終え、コンサル内容は2つ。
①新しいお客さんを作るのも大切だけど、今いるお客さんを離さないことも大切。②車を売って移動販売もできる配達車を作る。
つまり「サブスクリプション(定期便)」と「キッチンカーを買うためのクラウドファンディング」でした。
「やります」と言い、すぐやりました。ごま豆腐を定期的に買ってくださる方を募集しつつ、クラウドファンディングの準備。番組の収録から放送までの期間、どうにかこうにか頑張り、間に合わせました。番組終了後すぐ、目標金額100万円のクラウドファンディングページを公開。
クラウドファンディング
ぼく史上初めてのクラウドファンディングへの挑戦は、キッチンカーを作るためのプロジェクトになりました。
ニシノコンサルは人気番組で、ファンは多く、「キッチンカー作っちゃおうガハハハ」とおもしろ楽しく終えた番組の勢いで、あっという間に100万円なんて集まるだろう…。そう思ってました。そして、そんな甘い希望はいつものごとく吹き飛びます。
勢いもなにも、初日で集まった金額は、2万7千円。いつもスタートダッシュがうまくいきません。
みなさんはクラウドファンディングで声を上げたことはありますか?ぼくはこの時が初めてで、なにが良くないのか、どこを直せばいいのか、どうのように支援者さんにアプローチすべきか、全てが未知でした。
だからたくさんたくさん聞きました。
人の意見を聞き、取り入れ、改善、そして改善。ひとりひとりに「助けてください」と声をかけ、コツコツコツコツと、支援者さんと支援額が積み重なります。
もうヤケになり、当時のマイカーを、クラウドファンディングのリターンに組み込み、15万円で売る始末。
とにもかくにも必死でした。
結果的には248人の方々にご支援いただき、1,152,500円が集まりました。無事、クラウドファンディング達成。
しかし喜んでるのも束の間で、リターンの実行やキッチンカーの製作、キッチンカーで提供する商品の開発などなど、またまた新しい日常が動き出しました。
地元新聞の影響力
新潟県の地元新聞「新潟日報」。
ごま豆腐の特集記事が掲載されました。じいちゃんから継いだ経緯や商品へのこだわり、記者さんの温かい文章のおかげで、掲載日から電話が鳴りっぱなしです。
『ごまうふふ』へとリューアルしてからというもの、ありがたいことにメディアによって、これまで届けられなかった方々に、知ってもらうことができました。
作った商品がすぐ売れる。それ以降来てくれたお客さんには平謝り。委託販売させていただく各販売店からも「明日ももっと持ってきて」とのご連絡。
作れば作るだけ売れてゆく。今まで理想としていた情景が、今ここにありました。
これが、ニシノコンサル放送日から数日後のこと。忙しい忙しい。でもこんなに忙しくなることが初めてで、体力的にはキツかった。でもそれが、なんとも嬉しくて、この頃の複雑な気持ちは、多分一生忘れられません。
疑問
忙しい自分に酔っていました。
しかしそんな忙しい毎日を送っていると、「あれ、このまま忙しくしてて大丈夫かな…」なんてふと思うわけです。
この頃、4:00に起きて22:00、遅い時には23:00まで仕事をしていました。忙しいのが嬉しくて、アドレナリンが出ている間はよかったものの。それが切れてからは、ハードな毎日でした。
それにこれだけ働いて、やりがいはあるものの、金銭的に全然余裕が生まれませんでした。「やはりこのままじゃマズイ」。
この働き方を続けてはいけない。そして、ちゃんと価格を上げなきゃいけない。じいちゃんの武勇伝はたくさん聞きました。格好いい。でもやっぱり「良いものを安く」だけは、ごめんなさい。
ぼくが、ごまどうふ屋を継いだ理由。「じいちゃんのごま豆腐マジでうまいから食べてほしい」。この言葉がすべてです。
だから忙しいってことはたくさんの人に届けられている証拠で、じいちゃんのごま豆腐のうまさを知ってもらってるって証拠です。
だからこのままでいいのかな…とも思う一方で、こんな原価ギリギリの商品を、体を張って作り続けて、一体いつまで持つんだろう。
今は若いから頑張れるかもしれないけれど、10年20年30年後のことを考えたら、やっぱり今のままじゃダメだよね。
値上げ
「身体壊したので、もう作れません」。それこそ待ってくれてるお客さんに失礼です。いま、頑張って頑張って、死に物狂いでたくさんの人に届けるよりも、10年後20年後30年後のことを考えて、無理せず、「作り続ける」ことのできる製造量、価格に切り替えることを選びました。
そっちの方が結果的にたくさんの人に届けられます。作り手側の適正価格に設定し、あとはお客さんに認めていただく努力の方が、ずーっと大切だと判断しました。
たくさん悩み、たくさん考え、1つ300円を1つ500円にするのではなく、1つ300円のまま、サイズを小さくすることに決めました。
そしてまた挫折。
びっくりするくらい売れない毎日に戻ります。
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