二つの部分から成る脳

「何十億という神経細胞が複雑な経験を片側で処理し、非常に小さな交連を通して反対側に結果を送らなくてはならない。そのためには何らかの暗号、つまり非常に複雑な処理を前交連の数少ないニューロンを通して伝達できるような形に圧縮することを可能にする、何らかの方法が必要になってくる。そして、動物の神経系の進化において、人間の言語に勝る暗号がかってあっただろうか。それゆえ、私たちのモデルの、このより説得力のあるほうの形では、幻聴が言葉として現れるのは、言語が複雑な皮質での処理を脳の一方からもう一方へと伝えるのに最も効果的な手段であるためだとする。」(ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』,p.133)

「訓戒的な体験を融合するのは右半球の機能で、右半球でウェルニッケ野に相当する領域の興奮が、神々の声を引き起こしている‥」(同,p.134)

「神々というのは訓戒的な経験の融合物であり、個人が与えられたもろもろの命令が混ざり合ってできたものだった。」(同,p.135)

「この刺激[右側頭葉への]刺激による経験のほとんどにおいて重要なのは、引き起こされた現象の「他者性」だ。それは自己の行動や言葉というよりも、自己と対峙したものなのだ。‥ほぼすべての事例で被験者は受動的で、働きかけを受けるだけであり、<二分心>の人間が、聞こえてくる声の働きかけを受けていたのとまさに同じだ。」(同,p.140)

「神々のおもな機能は、新しい状況下でどう行動するかを考え、指示することだ。神々は問題を見極め、そのときの状況や目的に沿って行動を準備する。その結果、複雑な<二分心>文明が生まれ、作付けの時期や収穫の時期の判断、有用なものの選り分け、諸事を大がかりな構想の中にまとめ上げること、左半球の中にある言語的・分析的領域にいる神経学上の人格に指令を与えることなど、本質的に異なる様々な部分を総括していた。したがって今日、右半球に残っている機能は組織化に関するもので、文明社会における経験を選別し、まとめ、個々の人間に何をすればよいのか「告げ」うるパターンに変えることと考えられる。『イーリアス』や旧約聖書、そのほか古代の文献に登場する神々からの様々なお告げを精読すると、それが裏づけられる。過去や未来の異なる出来事が選び出され、分類され、しばしば比喩の統合を伴いながら新しい形にまとめられる。それゆえこの機能は右半球の特徴と呼ぶべきだろう。」(同,p.147)

〇脳の組織のされ方(インストール)
「<二分心>の時代には、ウェルニッケ野に相当する右(劣位)半球の領域には精密な<二分心>の機能があったが、発達の初期段階で<二分心>が生まれてもその発達が阻害されるような心理的再組織化が1000年にわたって行われ、この領域は異なる機能を持つようになった‥。

ここで論じてきた例は‥脳の組織に機能は絶対的なものではなく、発達のプログラムが異なれば組織構造も異なったものになりうることを示唆している。」(同,p.155)

「<二分心>とは社会統制の一形態であり、そのおかげで人類は小さな狩猟採集集団から、大きな農耕生活共同体へと移行できた。<二分心>はそれを統制する神々とともに、言語進化の最終段階として生まれた。」(同,p.156)

「普通一匹一匹は、群れ全体の行動パターンを外れる場合には、自分の基本的生理機能の欲求にさえ応じない。例えば、喉が渇いたヒヒは、群れから離れて水を探し求めたりはしない。‥喉の渇きは、群れの行動パターンの範囲内でのみ癒される。」(同,p.157)

〇幻聴の起源

「‥言葉の幻聴は、行動を統制する方法としての自然淘汰によって進化した言語理解の一副作用だった‥。

「ある男が、居住地を流れる川のはるか上流に、魚を捕るためのやなを仕掛けるように命じられたとする。もし男に意識がなければ、当然状況を<物語化>することも、それによってアナログの、<私>を空間化された時間の中で心に抱き、十分に結果を想像することもできない。それでは、彼はどのようにするのだろうか。言葉だけが、午後中かかるこの仕事を彼に続けさせられるのだと思う。更新世中期の人間は、自分が何をしているのか忘れてしまうだろう。だが言葉を話す人間には、思い出させてくれる言語がある。自分で言葉を反復するのかもしれないが、それには一種の意志が必要で、その時代の人間に意志があったとは思えない。となれば、「内なる」声という幻聴が、何をするのか繰り返し教えていたと考えたほうがよさそうだ。

「‥学習によって習得した行動で、しかも欲求が満たされて完結することのないものは、何か外的要因によって維持してやらねばならない。その役目を果たすのが幻聴の声だ。

「同様に、意識を持たぬ古代の人間は道具を作るとき、「より鋭く」と幻聴の声で命令されるおかげで、一人で仕事を続けることができた。あるいは、「より細かく」という意味の幻覚の言葉を聞いた人間は、種子を石臼で挽いて粉にすることができた。人類史上のまさにこの時点で、仕事をやり抜くという淘汰圧のもと、言葉を声に出す役割が脳の片側だけに委ねられ、もう一方の側がその役割から解放された。そして、人間は後者の側で幻覚を聞き、仕事をやり抜けるようになった。」(pp.165-166)

淘汰圧~出来たものだけが生き残った

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