📝その4 【 「グループ創作」の魅力 】
ぼくはどちらかというと はしゃぎまわるわんぱくな子でした。時代もよかったのでしょうが、夕方になるまでほとんど外に出て 気の合う友だちと虫捕り、ごっこ遊びばかりやってました。
その一方、工作や絵を描くことも好きでやってはいましたが、思い返すと一人で過ごす時間ばかりに集中してた気がします。
友だちと遊ぶ時はどうしてもカラダを動かしたくなる。すると自然に運動遊びになる。今でも思う存分羽を伸ばして外遊びできる環境が整っていれば 全然結構なことなのだけども、このご時世ずいぶんと場所は区画化され 安全に遊ぶには有料化された人工的な場所を借りなきゃならない。
そしてまたその場所が思う存分というには あまりに狭い。
常日頃可哀相だなとは思ってるけど、古き良き昔を知らない子どもたちは それが当たり前だと思って無邪気に遊んでる。それがまた時代なのかなぁと無力さを噛み締めたりして。。
で、何が言いたいのかって話なんですけど、
この昔のエピソードと 今のこの状況を鑑みて、ぼくは ちょっと「ごっこ」につながるヒントを見つけたんですね。
1)昔のエピソード
ぼくは創作は一人でするものと割り切って幼年時代を過ごしてきました。でも本心をいえば、もっとみんなとワイワイモノづくりを楽しみたかったんだなって。でもその癖(?)は美術教室に通いだしても変わりませんでした。先生を取り囲んで楽しそうに創作してる子たちを尻目に見ながら「ケッ」てなってました。もともと臆病で自分から集団の輪のなかに入るのが苦手でしたし、ましてや創作は一人でやるもんでしょって意固地になってたから余計にこじらせちゃったんだと思う。
それは今でも勿体無く思ってます。
その癖がなおり、グループ創作の楽しさに気づいたのは もう中学校に上がってからのことでした。
中学には「文化祭」っていう行事があります。
なんで小学校にはないんだろうって不思議に思うんですが(「体育祭」の代わりに「運動会」はあるのに!)あそこで急に目覚めたわけです。
みんなで協力して作り上げる創作って最高に楽しい!って。
幼年期にそれが実現できなかったのは、結局 環境のせいなんじゃないかってことにも気づきました。だって子どもなんだから誰かが教えてくれなきゃ そんなの気づきっこないですよね💧
「子どもは自分で創作の仕方もわかってないんだからグループ創作なんてまだまだ早すぎる」 みたいな意見が まかり通ってて制限されているのかどうなのか 理由はよくわかりませんが、「ないならじぶんで作ってくしかない」と思い至りまして。今の子たちを見てて ぜんぜんできるとぼくは思ってます。
プラスアルファ
2)今の状況です。
先ほども言いましたように 日常的に遊べる空間があまりに狭い。だとしても ココで諦めるのはまだ早いんじゃないか。
子どもの想像力には目を見張るものがあります。たとえ狭くても、ごっこしながら 頭の中で壮大な世界を繰り広げられたりする。その手助けをする遊びを用意すれば 場所はある程度の広さで十分じゃないか。
(これ【のびのびと大きな作品をつくる】で語ったことと矛盾してるように思われそうですが、広さはあるに越したことないんですよ。でもどうしても広さが取れないケースも多いと思うので)
その理想を叶えてくれるのが「グループ創作=創作遊び」というわけです。
遊びながらイメージを膨らませて 即興でどんどん作品が生まれてくる。
結果、活き活きとした作品づくりにもつながり 仕上がるアートとしても楽しめるし、一粒で二倍美味しいということにもなります。
まだ芸術という言葉さえ知らない 小さい子どもたちにこそ「グループ創作」の魅力に触れていただき 自身の発育とともに 新しい何かを生み出してほしい。そう願ってます。
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